コラボか? 吸収合併か?

<第5章 そして作家が消えた>

---2 出版社も消えた―――ネット場を巡って

④―――集英社講談社の交差(クロスオーバー)

 

キャッチコピー「小説+漫画=未体験快感」で先行した集英社の『ジャンプノベル』。

キャッチコピー「闘うイラストーリー・ノベルスマガジン」で後発となった講談社の『ファウスト』。

両者は、講談社の『コミックファウスト』創刊の年、交差していく。

 

太田は、『コミックファウスト』(2006)で、当時、小学館集英社プロダクションによる「VIZ Media」で日本の漫画を世界へ売り込む成田兵衛(北米版『SHONEN JUMP』初代編集長)のインタビューと、当時の『週刊少年ジャンプ』の編集長・茨木政彦へのインタビューを掲載する。

その後は、講談社BOXレーベルスタート時、「大河ノベル」と題し、12ヶ月毎月1冊を出すプロジェクトをスタート。

清涼院流水西尾維新(ともに2007)・島田荘司(2008-)と続いて、第1回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞受賞者の定金伸治を起用する(2009-)。

定金は、『パンドラ』の編集長を務めた北田ゆう子の呼びかけに応えた。

 

また、西尾は、『週刊少年ジャンプ』連載漫画『DEATH NOTE』が終了した年、スピンオフ小説『DEATHE NOTE アナザーノート ロサンゼルスBB連続殺人事件』(集英社)を発表(2006)。

CLAMPの漫画『×××HOLiC』のオリジナルノベライズ『×××HOLiC アナザーホリック ランドルト環エアロゾル』(講談社)と同時発売というものだった。

その後も西尾は、『週刊少年ジャンプ』で『めだかボックス』(作画・暁月あきら)の漫画原作を担当(2009)。

小説化も行った(ジャンプ ジェイブックス)。

さらに、『大斬―オオギリ』と題した取り組みを行う。

ジャンプ編集部からのお題を元に、西尾が原作を書き、主に集英社を拠点とする漫画家たちが読み切り漫画化。

『週刊少年ジャンプ』『ジャンプSQ』『週刊ヤングジャンプ』『別冊マーガレット』集英社漫画誌4冊で試みられた(2014-15)。

現在は、原作を手がける『症年症女』(作画・暁月あきら)が『ジャンプSQ』で連載中となっている(2015-)。

 

2011年、集英社は、荒木飛呂彦30周年と『ジョジョの奇妙な冒険』の20周年を記念して、『週刊少年ジャンプ』の人気連載漫画『ジョジョの奇妙な冒険』に基づいた小説化を行う。

このとき、上遠野浩平西尾維新舞城王太郎の3名が執筆。

ジャンプ ジェイブックスから発売された。

舞城王太郎は、講談社ノベルス電撃文庫KADOKAWA アスキー・メディアワークス)・メディアワークス文庫KADOKAWA アスキー・メディアワークス)をまたにかける覆面作家で、乙一ら複数の作家による“越前魔太郎”の活動に続いた(2010)

 

このブロックの最後に、以下も記しておきたい。

中央公論社は、経営危機から読売新聞社の全額出資を受けて中央公論新社となったのち(1999)、読売新聞グループ本社の100%子会社となった(2002)。

角川書店は、現在、カドカワとなった(2015)。

KADOKAWAグループとして、角川書店ライトノベルを扱う富士見書房コンピューターゲームトレーディングカードも扱うメディアファクトリー、テレビゲームやゲーム雑誌も扱うアスキー・メディアワークスらの出版事業。

そして、映像を中心としたIT事業のドワンゴを傘下としている。

 

 

*原典:

私家版『文芸メディア発展史~文芸家/写真家/編集者の追いかけっこ~』(2016年9月発行)

*主な参考資料:

「編集部に質問状:「四方世界の王」 オリエント覇者は? 12カ月連続刊行ファンタジー“大河ノベル”」(2009/ http://mainichi.jp

 

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筆者執筆参加。文芸家26名のポートレイトを収めた写真冊子『著者近影』(松蔭浩之撮影・デザイン/男木島図書館2016年4月発行)は、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(渋谷)、タコシェ(中野)、NADiff a/p/a/r/t(恵比寿)の店頭などにて、現在手にとって頂けます。

収録文芸家:
青山七恵/池井戸潤/池澤夏樹/冲方丁/大野更紗/金原ひとみ/京極夏彦/窪美澄/沢木耕太郎/篠田節子/高橋源一郎/滝口悠生/谷川俊太郎/俵万智/辻村深月/堂場瞬一/早見和真/平野啓一郎/穂村弘/三浦しをん/道尾秀介/本谷有希子/森村誠一/山田詠美/吉田修一/吉本ばなな

電子掲示板→小説

<第5章 そして作家が消えた>

---2 出版社も消えた―――ネット場を巡って

③―――電子掲示板の書き込みを小説化  新潮社のベストセラー小説家・中野独人

 

舞城王太郎三島由紀夫賞を受賞した翌年、1冊の匿名の小説が発売される。

 

電子掲示板・2ちゃんねる(1999年開設)の書き込みを元に書籍化した『電車男』になる(2004/新潮社)。

翌年ベストセラーの7位に。東宝配給で映画化もされた(監督は共同テレビジョン村上正典)。

 

中野独人の著者名は、掲示板に書き込んだ多数の人物の総称になる。

出版時は2ちゃんねるの開設者の西村博之・“まとめサイト”の作成者・主人公と思われる人物が関わった。

 

担当編集者・郡司裕子は、書籍のパブリシティのため、自身がメディアに登場。

“美人編集者”の見出しもつけられる。

出版にあたって郡司は、“アスキーアート”と呼ばれる文字や記号をもちいた絵文字の再現の苦労を語った。

 

「半角文字などは印刷の世界では本来存在しないものということになっているらしいんですよ(引用者中略)おかげで印刷所の人にはずいぶん、面倒をおかけしてしまいました」

 

*原典:

私家版『文芸メディア発展史~文芸家/写真家/編集者の追いかけっこ~』(2016年9月発行)

*主な参考資料:

 「電車男を現実社会に引き入れた美人編集者」(『FLASH』2004年12月28日号)

 

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筆者執筆参加。文芸家26名のポートレイトを収めた写真冊子『著者近影』(松蔭浩之撮影・デザイン/男木島図書館2016年4月発行)は、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(渋谷)、タコシェ(中野)、NADiff a/p/a/r/t(恵比寿)の店頭などにて、現在手にとって頂けます。

収録文芸家:
青山七恵/池井戸潤/池澤夏樹/冲方丁/大野更紗/金原ひとみ/京極夏彦/窪美澄/沢木耕太郎/篠田節子/高橋源一郎/滝口悠生/谷川俊太郎/俵万智/辻村深月/堂場瞬一/早見和真/平野啓一郎/穂村弘/三浦しをん/道尾秀介/本谷有希子/森村誠一/山田詠美/吉田修一/吉本ばなな

アップロード場へ

<第5章 そして作家が消えた>

---2 出版社も消えた―――ネット場を巡って

②―『ファウスト』その後  アニメ監督・舞城王太郎  WEB編集長・清涼院流水

 

2009年、西尾維新の著作は、「西尾維新アニメプロジェクト」と題され、アニプレックス講談社・シャフトなどの製作でアニメ化が始まる。

メフィスト』掲載分や講談社BOXからの書き下ろしなど、『化物語』『刀語』『傷物語』『偽物語』が、3年にわたって放送された。

 

舞城王太郎の方は、編集者的な動きをみせていく。

舞城の作品は、『ファウスト』誕生直前から、旧来の文壇の壇上にあがっている。

『群像』(講談社)『新潮』(新潮社)の文芸雑誌に掲載され、芥川賞には4度候補となり、『阿修羅ガール』(新潮社)で新潮社主催の三島由紀夫賞を受賞した(2003)。

筒井康隆の圧倒的な支持を受け、「ときおり大きな字体のページがあらわれる。(引用者中略)面白くもなんともないただのこけおどしだ」などと宮本輝の大反対のなかの受賞だった。

けれども、ポートレイトや経歴を明かしていない舞城王太郎は、授賞式に登壇することはなかった。

 

これまで、“イラストーリー”を実践してきた舞城は、講談社BOXが創刊された年には、90年代に登場したニューメディアとなるWEBと、講談社青年漫画雑誌『モーニング』との連動で、“REAL MORNING COFFEE”を展開。

映像企画をアップし、制作会社を募った(2006)。

 

この試みは、やがて形になり始める。

WEB配信アニメーションシリーズ『日本アニメ(ーター)見本市』が開催される。

「日本のアニメの未来のために」と庵野秀明(代表作『エヴァンゲリオン』監督)が企画し、ドワンゴ(現・カドカワ傘下)の川上量生がエグゼプティブ・プロデューサーを務めた。

ここで、舞城は、アニメ『龍の歯医者』で監督・原案・脚本を手がけた(2014)。

 

その翌年、舞城は、安達寛高乙一の本名)・桜井亜美(小説家として幻冬舎よりデビュー)との3名で、“リアルコーヒー”として、実写短編映画を渋谷ユーロスペースで上映する(2015)。

“REAL MORNING COFFEE”は、乙・桜井・舞城との3名として“リアルコーヒー”へと発展していた。

制作・配給・宣伝のすべてを3人で手がけ、映画上映時には、来場者に書き下ろし限定小説を配布した。

 

この間も舞城は、講談社ノベルス電撃文庫KADOKAWA アスキー・メディアワークス)・メディアワークス文庫KADOKAWA アスキー・メディアワークス)をまたにかける覆面作家で乙も含む“越前魔太郎”の一人としても、舞城は活動している(2010)。

 

これほど活発な活動を続けながらも舞城は、乙のように一から出直すというようなことでなく、デビューから未だにその姿を明らかにしていない。

舞城は、こう述べている。

 

物語の受け取り方について、読者、視聴者、観客の方々の解釈を限定したくない、狭めたくない、独自性を確保したいという気持ちから姿も声もできるだけ出さずにお仕事をさせていただいています。

 

その後も、舞城は、00年代にニューメディアとして登場したTwitter上で、「深夜百太郎」と題した恐怖話を、写真家・佐内正史のモノクロ写真を添付し、つぶやいた。

同名の単行本化を行い、「入口」「出口」の2冊分にわけ、ナナロク社から出版した(2015)。

ナナロク社は、新興の社員数名の小さな出版社になる(2008-)。

 

このブロックの最後に、メフィスト賞出身者たちのその後も見ておこう。

 

清涼院流水は、編集長となり、WEB上に、The BBBを立ち上げた(2012)。

名称は、「時代の閉塞感を一点突破する先頭集団を志す本たち」の英文の頭文字からとられた。

全世界配信を掲げ、英語による電子書籍化を行っている。

メンバーには、森博嗣蘇部健一積木鏡介高田崇史秋月涼介矢野龍王メフィスト賞出身が名を連ねている(ここに桜井亜美も加わる)。

ここでも、その多くがポートレイトを公表していない。

 

 

*原典:

私家版『文芸メディア発展史~文芸家/写真家/編集者の追いかけっこ~』(2016年9月発行)

*主な参考資料:

 KAI-YOU「『龍の歯医者』はこうしてつくられた! 濃厚すぎるアニメ(ーター)見本市の裏側」(2014)

映画ナタリー「乙一、桜井亜美、舞城王太郎のオムニバス映画公開、イベントに岩井俊二や行定勲も」(2015)

 

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筆者執筆参加。文芸家26名のポートレイトを収めた写真冊子『著者近影』(松蔭浩之撮影・デザイン/男木島図書館2016年4月発行)は、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(渋谷)、タコシェ(中野)、NADiff a/p/a/r/t(恵比寿)の店頭などにて、現在手にとって頂けます。

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青山七恵/池井戸潤/池澤夏樹/冲方丁/大野更紗/金原ひとみ/京極夏彦/窪美澄/沢木耕太郎/篠田節子/高橋源一郎/滝口悠生/谷川俊太郎/俵万智/辻村深月/堂場瞬一/早見和真/平野啓一郎/穂村弘/三浦しをん/道尾秀介/本谷有希子/森村誠一/山田詠美/吉田修一/吉本ばなな

名作の無料化 開始

<第5章 そして作家が消えた>

---2 出版社も消えた―――ネット場を巡って

①―――作者没後50年のライブラリー  青空文庫創刊  流通の流れを変えろ

 

1997年、インターネット上に青空文庫が開館した。

Windows 95マイクロソフトが発売し、飛躍的にパソコンが普及していくことになった2年後になる。

 

この年、ネット上で、作者の死後50年を経過した著作権の切れた作品を、誰もが自由に読めることが可能になった。

富田倫生、野口英司、浜野智、八巻美恵、らんむろ・さてぃ、LUNA CATの6人が設立呼びかけ人となった(代表は立てられてはいない)。

 

富田は、青空文庫を始める年に出版した『本の未来』(アスキー)で、学生時代の友人の言葉を書いている。

 

一九七〇(昭和四十五)年を前後する我々の高校時代には、世界的な学生運動の熱がみなぎっていました。
時代の熱にあおられた友人の一人は、六〇年代が終わって騒動がばたばたと片づく中で、向かうべき場所を見つけようとしばらくのあいだもがき続けます。その彼が、パーソナルコンピューターに、心の拠り所を見つけました。
「コンピューターという強力な武器で、国家や大資本が独占する状況がこれで崩せる」
彼は久しぶりの晴れやかな表情で、そう語りました。

 

"パーソナルコンピューター”は、科学者アラン・ケイによって提唱された(1972)。

ケイは、ゼロックスパロアルト研究所の設立に参加。

アップル社の共同設立者スティーブ・ジョブズマイクロソフト社の共同設立者ビル・ゲイツにも多大な影響を与えた。

 

富田自身の体験としては、早稲田大学卒業後、ジャーナリストとして書き下ろした自著『パソコン創世記』(1985/旺文社)が、廃刊・裁断となったことがある。

青空文庫は、絶版になってしまった本を、長く読んでもらえる方法の試みでもあった。

それは、出版社―取次―書店という流通の流れを変えることも意味していた。

 

すでに、70年代のアメリカに、<プロジェクト・グーテンベルグ>の先行事例があった。

イリノイ大学の学生だったマイケル・ハートが、著作権の切れた古典を、ボランティアの力を借りてデジタルテキスト化し、コンピューター・ネットワーク上で公開していた。

日本でも、岡島昭浩(現・大阪大学大学院・文学部教授)が、夏目漱石森鴎外芥川龍之介中島敦など、著作権の切れた日本文学をネットワーク上に公開していた。

 

岡島の協力も仰いだ最初の青空文庫には、与謝野晶子『みだれ髪』の明治43年版(1901年、東京新詩社・伊藤文友館刊行)と昭和8年版、森鴎外高瀬舟」(1906年『中央公論』掲載)、二葉亭四迷「余が言文一致の由来」(1906年『文章世界』掲載)、中島敦山月記」(1942年『文學界』掲載)の5作が選ばれた(1997)。

 

同年、CD-ROM製品内で取り上げられた青空文庫の紹介ファイルには、富田の「短く語る「本の未来」」(1997/『読売新聞」掲載)と津野海太郎『本はどのように消えてゆくのか』(1996/晶文社)の存命中の2人の作品に加えて(*富田は2013年逝去)、芥川龍之介羅生門」(1915年『帝国文学』掲載)、北原白秋訳「マザーグース」(1920年『赤い鳥』掲載)、宮沢賢治銀河鉄道の夜」(1934年「宮沢賢治全集」)らを収めた。

 

以後、ボランティアスタッフの協力によって、青空文庫の点数は増えていき、菊池寛太宰治が加わるなど(1999)、開館から3年後には1000点を超えた。

 

やがて、青空文庫は、ボランティアスタッフの特性も現れてくるようになる。

与謝野晶子訳の紫式部源氏物語」、岡本綺堂「半七捕物帳」シリーズ、中里介山の大長編『大菩薩峠』、「宮本百合子全集」などが公開された。

 

 

*原典:

私家版『文芸メディア発展史~文芸家/写真家/編集者の追いかけっこ~』(2016年9月発行)

*主な参考資料:

富田倫生『本の未来』(1997/アスキー

野口英司編著『「インターネット図書館 青空文庫』(2005/はる書房)

 

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筆者執筆参加。文芸家26名のポートレイトを収めた写真冊子『著者近影』(松蔭浩之撮影・デザイン/男木島図書館2016年4月発行)は、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(渋谷)、タコシェ(中野)、NADiff a/p/a/r/t(恵比寿)の店頭などにて、現在手にとって頂けます。

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青山七恵/池井戸潤/池澤夏樹/冲方丁/大野更紗/金原ひとみ/京極夏彦/窪美澄/沢木耕太郎/篠田節子/高橋源一郎/滝口悠生/谷川俊太郎/俵万智/辻村深月/堂場瞬一/早見和真/平野啓一郎/穂村弘/三浦しをん/道尾秀介/本谷有希子/森村誠一/山田詠美/吉田修一/吉本ばなな

「闘うイラストーリー・ノベルスマガジン」から「闘うコミックマガジン」へ

<第5章 そして作家が消えた>

---1 ポートレイトも消えた―――覆面作家続々と

⑤―――講談社発『コミックファウスト』『パンドラ』創刊

 

2006年、太田は、『コミックファウスト』を刊行する。

母体となった『ファウスト』創刊号の表紙には「闘うイラストーリー・ノベルスマガジン」と掲げられたが、『コミックファウスト』には「闘うコミックマガジン」のキャッチコピーが表紙に記された。

直訳すれば、「漫画雑誌」になる。

 

誌面では、西尾維新の「放課後、七時間目。」を原作とし、同人誌出身の高河ゆんが漫画化。

西尾が、同人誌出身の女性漫画家集団CLAMPが『週刊ヤングマガジン』(講談社)で連載していた漫画『XXXHOLiC』をノベライズする試みを行った。

このとき、舞城王太郎は漫画「ぬるつべピリリ」を手がけている。

また、太田が同時に進めていた、海外との取り組みの成果として、台湾のVOFAN、香港の門小雷、韓国のパク・ソンウの漫画を掲載している。

 

同年、太田は、新設された海外文芸部から、台湾版と韓国版の『ファウスト』を創刊。

国内ではエッジでありながら世界中にファンがいると太田が語る香港の映画監督ウォン・カーウァイの方法論を目指したいと語った。

さらに同年、装丁を箱入りに統一した新レーベル・講談社BOXを創刊した。

 

以後、『ファウスト』そのものは停滞するが、このとき、太田は、講談社の本社を離れ、近くの雑居ビルに、編集部を立ち上げている。

小規模な体制をとり、印刷業者との修正時間のロスを短縮すべくDTPオペレーターの配置を行った。

 

講談社BOXは、新刊を刊行する一方で、講談社BOX新人賞流水大賞”を創設する(第2回メフィスト賞受賞者・清涼院流水に由来する)。

「小説」「イラスト」「批評・ノンフィクション」の3部門を設けた。

 

さらに、北田ゆう子(講談社BOX編集部)が編集長となり、講談社BOXマガジン『パンドラ』を創刊する(2008)。

表紙には「思春期の自意識を生きるシンフォニー・マガジン」「文芸と批評とコミックが「交差(クロスオーバー)」する」とキャッチコピーが掲げられた(現在全4巻)。

流水大賞の掲載媒体ともなった。

 

全7回となった受賞者を見ておこう。

小柳粒男(優秀賞)②泉和良(優秀賞)・梓(優秀賞)③黒乃翔(優秀賞)・天原聖海(優秀賞)④受賞者なし⑤鏡征爾(大賞)⑥岩城裕明(優秀賞)・辻鷹佑(優秀賞)⑦至道流星(大賞)・杉山幌(大賞)・ウノサワスバル(大賞)

受賞者のほとんどがポートレイトを公表していない。

第7回以後は、講談社BOX新人賞“Powers”と変更され、批評・ノンフィクション部門は消滅(2009)。

名称変更にあわせ、講談社BOXの新レーベル“POWER BOX”を新設する。“Powers”は、その後、イラスト部門も消滅したのち、メフィスト賞に統合された(2014)。

 

太田は、2010年、講談社の子会社・星海社へ移動。

ファウスト』は、奈須きのこ(ポートレイトは公表されていない)らを推し、宇山へのアンサーといえる“新伝綺”の提唱を行ったりもしたが、最新号は2011年に出たVol.8となっている。

 

 

*原典:

私家版『文芸メディア発展史~文芸家/写真家/編集者の追いかけっこ~』(2016年9月発行)

*主な参考資料:

渡辺浩弐『ひらきこもりのすすめ2.0』(2007/講談社BOX

季刊 島田荘司 on line「島田荘司のデジカメ日記 第244回」

季刊 島田荘司 on line「島田荘司のデジカメ日記 第280回」

 

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筆者執筆参加。文芸家26名のポートレイトを収めた写真冊子『著者近影』(松蔭浩之撮影・デザイン/男木島図書館2016年4月発行)は、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(渋谷)、タコシェ(中野)、NADiff a/p/a/r/t(恵比寿)の店頭などにて、現在手にとって頂けます。

収録文芸家:
青山七恵/池井戸潤/池澤夏樹/冲方丁/大野更紗/金原ひとみ/京極夏彦/窪美澄/沢木耕太郎/篠田節子/高橋源一郎/滝口悠生/谷川俊太郎/俵万智/辻村深月/堂場瞬一/早見和真/平野啓一郎/穂村弘/三浦しをん/道尾秀介/本谷有希子/森村誠一/山田詠美/吉田修一/吉本ばなな

宇山日出臣(秀雄)から太田克史へ

<第5章 そして作家が消えた>

---1 ポートレイトも消えた―――覆面作家続々と

④―――講談社発「イラストーリー・ノベル」『ファウスト』創刊 

 

講談社は、1996年、文芸雑誌『メフィスト』を創刊する(2016年版電子版のみに)。

かつて中間小説雑誌の御三家のひとつとも称された『小説現代』(1963年創刊)の増刊号として年3回発行。

創刊にあわせて、メフィスト賞が創設された。

 

講談社”をイメージすべく、人名を掲げた主催賞を見ておこう。

野間文芸賞(1941年創設)、江戸川乱歩賞(1954年制定)、野間児童文芸賞(1963年創設)、吉川英治文学賞(1967年創設)、吉川英治文化賞(1967年創設)、亀井勝一郎賞(1969年創設-82年終了)、平林たい子文学賞(1972年創設-97年終了)、野間文芸新人賞(1979年創設)、吉川英治文学新人賞(1980年創設)、ちばてつや賞(1980年創設)、野間文芸翻訳賞(1989年創設)、大江健三郎賞(2006年創設-14年終了)、吉川英治文庫賞(2015年創設)などになる。

野間は、講談社の創設者の名になる。

こうした社風の元に、『メフィスト』もある。

 

では、メフィスト賞初期の受賞者を見てみよう。

森博嗣清涼院流水蘇部健一乾くるみ浦賀和宏積木鏡介新堂冬樹浅暮三文高田崇史中島望高里椎奈霧舎巧殊能将之古処誠二氷川透黒田研二古泉迦十石崎幸二舞城王太郎秋月涼介佐藤友哉津村巧西尾維新北山猛邦日明恩石黒耀

以上、2002年までの受賞者を挙げた。

 

メフィスト』の編集者・宇山日出臣(秀雄)は、一般の賞とは違って、「メフィスト賞は逆を行く「狭く濃く」という戦略」という考えがあったという。

 

宇山は、日本推理小説三大奇書ともされる中井英夫(短歌雑誌『短歌』(角川書店)の元・編集長)の『虚無への供物』(碧川潭名義で会員制同人誌『アドニス』初出)を文庫化(1974)。

新本格”のミステリーを掲げた島田荘司江戸川乱歩賞最終候補作となった『占星術殺人事件』(1981)で小説家デビュー)らを手がけてきた編集者になる。

 

講談社は、さらに『小説現代』の増刊号として、文芸雑誌『ファウスト』を創刊する(2003)。

編集長は、宇山に憧れ、早稲田大学卒業後、講談社へ入社した『メフィスト』の編集者だった太田克史が務めた。

 

創刊号は、舞城王太郎メフィスト賞受賞時21歳の佐藤友哉、「京都の二十歳」のキャッチコピーで小説家デビューした西尾維新ら、メフィスト賞受賞者が執筆している。

太田は、創刊時のことを、人気小説家を率いてといった華々しいものではなく、勝算もなく、佐藤などは瀬戸際だったとも述べているが、舞城と西尾は、ポートレイトの公表や詳しい経歴は明らかにされていないメンバーだった(現在も)。

 

ファウスト』創刊号の表紙には、キャッチコピー「闘うイラストーリー・ノベルスマガジン」と掲げられた。

『ジャンプノベル』のキャッチコピー「小説+漫画=未体験快感」は、まだ分離していたが、ここでは、イラストが先行したうえで造語になっている。

と同時に、我々は、『コンプティーク』の「闘うパソコンゲームマガジン」を思い出すだろう

 

掲載内容は、佐藤の「赤色のモスコミュール」には鬼頭莫宏(当時漫画『なるたる』を『月刊アフタヌーン』講談社)で連載)がイラストを。

西尾の「新本格魔法少女りすか」は西村キヌ(当時カプコンのデザイナーで『ストリートファイター』などのキャラクターデザインを手がける)のイラストが添えられたが、「イラストーリー」の通り、舞城の「ドリルホール・イン・マイ・ブレイン」では舞城自身がカラーイラストを添えた。

 

また、『ファウスト』には、ゲームクリエイター飯野賢治の小説(イラストは『週刊ヤングマガジン』講談社)で活動していた漫画家すぎむらしんいち)、清涼院流水のインタビュー、思想家の東浩紀精神科医斉藤環の評論も掲載された。

 

太田は、自身の編集について、こう述べている。

 

おたくはおたくだけで盛り上がっていて、いわゆるメイン・カルチャーはメイン・カルチャーで格式、伝統、みたいなところに安住して閉じていて。

僕は、おたくの分野にはすごい才能がいるってわかっていた。

だからその両者の架け橋役を、文三(*引用者注…講談社・文芸第三出版部)でやってみたいな、と思ったんです。

 

太田の発言はやや謙虚だが、我々は、ここで、山岸章二にとっての篠山紀信や立木義浩村松友視にとっての伊丹十三や唐十郎角川春樹にとっての片岡義男や池田満寿夫見城徹にとってのつかこうへいや松任谷由美らへの取り組みを思い出すだろう。

 

結果、太田は、誌面に、はやみねかおる(主に児童文学)、大塚英志(漫画編集・漫画原作・評論)、上遠野浩平(『ブギーポップは笑わない』で電撃ゲーム小説大賞受賞)、奈須きのこ(ゲームシナリオライター)を引っ張っている。

 

 

*原典:

私家版『文芸メディア発展史~文芸家/写真家/編集者の追いかけっこ~』(2016年9月発行)

*主な参考資料:

渡辺浩弐『ひらきこもりのすすめ2.0』(2007/講談社BOX

季刊 島田荘司 on line「島田荘司のデジカメ日記 第244回」

季刊 島田荘司 on line「島田荘司のデジカメ日記 第280回」

 

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筆者執筆参加。文芸家26名のポートレイトを収めた写真冊子『著者近影』(松蔭浩之撮影・デザイン/男木島図書館2016年4月発行)は、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(渋谷)、タコシェ(中野)、NADiff a/p/a/r/t(恵比寿)の店頭などにて、現在手にとって頂けます。

収録文芸家:
青山七恵/池井戸潤/池澤夏樹/冲方丁/大野更紗/金原ひとみ/京極夏彦/窪美澄/沢木耕太郎/篠田節子/高橋源一郎/滝口悠生/谷川俊太郎/俵万智/辻村深月/堂場瞬一/早見和真/平野啓一郎/穂村弘/三浦しをん/道尾秀介/本谷有希子/森村誠一/山田詠美/吉田修一/吉本ばなな

角川歴彦 登場

<第5章 そして作家が消えた>

---1 ポートレイトも消えた―――覆面作家続々と

③――読者参加型からゲーム小説/イラスト/ゲームデザイン/3賞同時創設へ

 

1994年、メディアワークス(現・KADOKAWAグループ)は、電撃ゲーム3大賞を創設する。

電撃ゲーム小説大賞・電撃イラスト大賞・電撃ゲームデザイン大賞になる。

 

第1回電撃ゲーム大賞の審査委員は、高千穂遙(アニメ作家、SF小説家)・林海象(映画監督)・矢野徹(SF作家)・角川歴彦メディアワークス社長*現・カドカワ取締役相談役)が務めた。

電撃ゲーム大賞の大賞は、土門弘幸「五霊闘士オーキ伝 五霊闘士現臨!」が受賞する。

電撃イラスト大賞・電撃ゲームデザイン大賞は、ともに大賞受賞者はなかった。

 

賞の創設について、佐藤辰男メディアワークス専務*現・カドカワ取締役会長)は、「新しい才能を探さなくちゃいけない」と述べている。

 

主催のメディアワークスは、角川春樹の弟・歴彦率いる角川メディアオフィスから生まれた会社だった。

歴彦は、早稲田大学卒業後、角川書店に入社し、『ザテレビジョン』創刊(1983)によって、独自色を発揮していく。

新会社「メディアワークス」誕生の際(1992)、『電撃スーパーファミコン』(現・電撃Nintendo)、『電撃PCエンジン』(現・電撃G's magazine)、『月刊電撃コミックGAO!』(*休刊)、『電撃王』(*休刊)、『電撃メガドライブ』(*休刊)の5つの雑誌を創刊する。

その多くが、パソコンとゲームの雑誌『コンプティーク』角川書店)から移ったメンバーが関わった。

歴彦の兄・春樹の長男社長就任に端を発し、歴彦は独立。

それに伴い、ゲーム雑誌『コンプティーク』のコーナーから発展した『マル勝ファミコン』、『マル勝PCエンジン』、コンプティーク別冊 コミックコンプティーク『月刊コミックコンプ』が、そのままスライドした。

 

こうした雑誌の元となった『コンプティーク』の実質の編集長が、「新しい才能を探さなくちゃいけない」と述べた佐藤だった。

賞の創設は、雑誌周知の新規事業としてだった。

コンプティーク”は元々、アップルが開発した、世界初の量産型パーソナルコンピューター「Apple II」(1977)のソフトを、日本に紹介する目的で設立されていたゲーム会社になる。

「ブラウン管のまわりに雑誌のシーズ(種)がある!」と考えていた歴彦の考えから、そこに佐藤が加わり、雑誌がスタートした。

そのため、当時できたばかりの『ザテレビジョン』(角川書店)の別冊という、ブラウン管まわりの雑誌として創刊された(1983)。

 

創刊号の表紙ではパソコンを模した『コンプティーク』のキャラクターイラスト、Vol.3では『ザテレビジョン』(角川書店)の表紙撮影でおなじみのレモンよろしく、ジャアント馬場が黄色の『コンプティーク』のキャラクターを手にしている。創刊当時は、(現在では考えられにくいが)パソコン雑誌にアイドルの表紙を使うことに異論もあったというが、以上の最初期をのぞき、人気女性アイドルが表紙となっていく。

 

角川書店全体とも連動しており、創刊号では角川映画化されていた『里見八犬伝』のパソコンソフトコンテストの開催を告知。

薬師丸ひろ子原田知世・渡辺典子の角川3人娘を特集(1984)、矢野徹の原作で角川アニメ化した『カムイの剣』公開にあわせて作られたPC-88用ゲームの特集(1985)なども行われた。

創刊号には「パソコンと遊ぶ本」とキャッチコピーと書かれたが、月刊化にあたり、「闘うパソコンゲームマガジン」となった(1986年1月号。表紙・松本伊代)。

 

当時は、ベストセラーの1位『スーパーマリオブラザーズ 完全攻略本』(1985/徳間書店)9位『スーパーマリオブラザーズ 裏ワザ大全集』(1986/二見書房)。

翌年、ベストセラーの1位『スーパーマリオブラザーズ 完全攻略本』3位『スーパーマリオブラザーズ 裏ワザ大全集』9位『ツインビー完全攻略本』(1986/徳間書店)という時代だった。

コンプティーク』でも、マリオブラザーズの登場以後、ファミリー・コンピューターの特集を開始(1985年より)。

それがやがてファミコンに特化した雑誌『マル勝ファミコン』へと発展していく(1986)。

 

雑誌としての転機は、とあるゲーム大会で角川歴彦がアメリカのテーブルゲームRPGダンジョンズ&ドラゴンズ」(1974年制作)を見たことになる。

コンプティーク』誌上では、“リプレイ”と呼ばれるボードゲームを文章化したTRPG版「ロードス島戦記」(1986年より連載)となった。

連載は、歴彦が依頼し、トレーディングカードの制作・販売を行っていた安田均グループSNEが手がけた。

京都大学SF研究会出身の安田と清松みゆきの他、水野良山本弘友野詳らが所属していた。

連載にあたり、イラストは、編集部が探してきた出渕裕が担当する。

佐藤は、早稲田大学卒業後、就職したおもちゃの業界新聞の記者からの転身者で、カードゲームやボードゲームへの関心が高く、テレビゲーム誕生以前の素養があったことも後押しとなった。

 

TRPG版「ロードス島戦記」は、パーティーゲームでもあるボードゲームの楽しみを再現するために、ゲーム全体の進行役も登場させ、プレイヤーが実際発言しているような会話劇の方法で描かれた(のちに小説として書き換えられ、『野性時代』に連載されたのち、角川文庫から出版された)。

 

こうした作り方は、雑誌全体にも及んでいく。

雑誌が用意した物語の初期設定に、読者が専用の葉書を使って投稿し、それに左右されて進んでいく“読者参加型”を発展させていく(「ロボクラッシュ」「トップをねらえ!」など)。

ここでは、読者が著者として主となり、小説家の役割は原作者となり、漫画家はイラストレーターとならざるを得ないかたちだった。

 

コンプティーク』には、漫画も連載される。

連載第1弾となった「神聖記ヴァグランツ」(1986-88)は、ゲームライター集団“ヴォクソール・プロ”が原作を受け持ち、麻宮騎亜(アニメーターの菊池通隆の変名)が作画を行った。

その際、情報雑誌形態に漫画を掲載するため、漫画を雑誌の後ろから読む誌面作りを行っている。

正統派パソコン雑誌『ログイン』(アスキー*現・KADOKAWAグループ)に対抗するためだったというが、結果、「女性の裸・漫画・スキャンダル」は取り扱わない角川書店の理念を破ることになったという。

 

こうした背景にあるのが、“小説”という呼称だけではない、電撃ゲーム小説大賞電撃イラスト大賞・電撃ゲームデザイン大賞の、冒頭でふれた3賞だった。

(その後、電撃ゲーム小説大賞電撃小説大賞へ、ボードゲームやカードゲームが対象の電撃ゲームデザイン大賞は2回で終了したのち電撃コミック大賞へとなっている)

 

 

*原典:

私家版『文芸メディア発展史~文芸家/写真家/編集者の追いかけっこ~』(2016年9月発行)

*主な参考資料:

プロジェクトEEG「佐藤辰夫『コンプティーク編集長時代を語る』」(2008)

4Gamer.net「ゲームの周りに凄い才能が集まっていた――日本のコンテンツ業界を振り返る「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第12回は,KADOKAWA代表取締役社長・佐藤辰男氏がゲスト」(2013)

大塚英志『キャラクター小説の作り方』(2003/講談社現代新書

 

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筆者執筆参加。文芸家26名のポートレイトを収めた写真冊子『著者近影』(松蔭浩之撮影・デザイン/男木島図書館2016年4月発行)は、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(渋谷)、タコシェ(中野)、NADiff a/p/a/r/t(恵比寿)の店頭などにて、現在手にとって頂けます。

収録文芸家:
青山七恵/池井戸潤/池澤夏樹/冲方丁/大野更紗/金原ひとみ/京極夏彦/窪美澄/沢木耕太郎/篠田節子/高橋源一郎/滝口悠生/谷川俊太郎/俵万智/辻村深月/堂場瞬一/早見和真/平野啓一郎/穂村弘/三浦しをん/道尾秀介/本谷有希子/森村誠一/山田詠美/吉田修一/吉本ばなな