全集ブームが小説家をキャラ化する
<第1章 文芸家ポートレイト/文学賞事始>
---1 “円本”登場 文芸家をキャラ化
②――――“円本”は存命文芸家を全集に キャラ化始まる
『現代日本文学全集』(通称”円本”)の第1回配本は、内容見本の段階では「夏目漱石」が予定されていたが、漱石より帝国大学(現・東京大学)の2年先輩にあたる「尾崎紅葉」となった。
近代日本初ともされる同人文芸雑誌『我楽多文庫』(硯友社/1885-89)を発行していた尾崎は、読売新聞社の社員となったのち、多くの新聞連載小説を手がけた(*漱石は東京朝日新聞社の社員)。
なかでも『金色夜叉』(1897-1902)は人気に。貧乏学生の貫一よりも、金持ちの男との結婚を選んだ許婚・お宮への復讐の物語だった。
“円本”以前、『金色夜叉』は、日本最古ともされる映画会社・日活の前身にあたる商社などで、何度も映画化されていた。
第1回配本の口絵には、小さいながらも、人気文芸家・尾崎の顔写真も数点掲載された。
全63巻となった『現代日本文学全集』は、当時珍しかった予約金方式という手法も手伝って、1回目の予約会員で25万人を獲得したという。
日清戦争(1894-95)の従軍記者だった光永星郎が創業(1901)した日本電報通信社(現・電通)の協力の元、見開きの新聞広告を『東京朝日新聞』に打ったことが大きな効果をもたらした。
その人気に続けと、翌年から、老舗の出版社であっても、“円本”形式による全集を出版していく。
『世界文学全集(全38巻)』(新潮社)、『明治大正文学全集(全60巻)』『日本戯曲全集(全68巻)』(春陽堂)、『現代大衆文学全集(全60巻)』(平凡社)などによって、各文芸家の著作物が1冊にまとめられる。
ここに、同一シリーズ内において各個人の違いが強調され、キャラクター化が巻き起こった。
もちろん、文芸家の全集という形式自体は、『現代日本文学全集』(改造社)以前にもある。
明治期、結核によって24歳で亡くなった樋口一葉のもの(博文館)。
35歳で亡くなった尾崎紅葉のもの(博文館)。
結核で続けざまに亡くなった国木田独歩のもの(博文館)や二葉亭四迷のもの(朝日新聞社)。
大正に入り続けざまに亡くなった夏目漱石(岩波書店・春陽堂・大倉書店)と森鴎外(国民図書・春陽堂・新潮社)。
以上、没後の個人全集。
また、有島武郎の新潮社のもの、島崎藤村の50歳を記念した自主制作のもの、新聞小説が大人気となった菊池寛の春陽堂のもの、同じく春陽堂から晩年を迎えていた泉鏡花のものなど、存命者のもの。
そして、存命する戯曲家のものを集めた全20巻の『現代戯曲全集』(1924-26/国民図書)。
(収録順:坪内逍遥、岡本綺堂、松井松翁・高安月郊・山崎紫紅・伊原青々園・岡鬼太郎、中村吉蔵、菊池寛、谷崎潤一郎、武者小路実篤、倉田百三・長与善郎、吉井勇・里見弴、長田秀雄、小山内薫・久保田万太郎・木下杢太郎、久米正雄、山本有三、秋田雨雀・仲木貞一・藤井真澄、正宗白鳥・灰野庄平・近藤経一・小寺融吉・田島淳・島村民蔵、池田大伍・額田六幅・関口次郎・岡栄一郎・金子洋文、真山青果・川村花菱・瀬戸英一・清見陸郎・邦枝完二・岸田國士、坪内逍遥・長谷川時雨・右田寅彦・岡村柿紅・中内蝶二・岡鬼太郎・山崎紫紅・坪内士行・生田葵・久松一声・佐竹守一郎・勝本清一郎・楳茂都陸平、郡虎彦・鈴木泉三郎、森鴎外・島村抱月・岩野泡鳴・有島武郎)
存命する15名の文芸家を全15巻とした新潮社の『現代小説全集』(1925-26)など。
(収録順:芥川龍之介、泉鏡花、菊池寛、久保田万太郎、久米正雄、佐藤春夫、里見弴、志賀直哉、島崎藤村、谷崎潤一郎、田山花袋、近松秋江、徳田秋声、正宗白鳥、武者小路実篤)
先行する新潮社と同じく改造社の全集『現代日本文学全集』(1926-31)も“現代”と謳った通り、存命中の作家も多く取り上げた。
全63巻と多さ以上に、それは、これまでの全集とは大きく異なっていた。
改造社は、“円本”の販売を促進するため、生きた文芸家を使ったPR活動を大々的に行っていく。
*原典:
私家版『文芸メディア発展史~文芸家/写真家/編集者の追いかけっこ~』(2016年9月発行)
*主な参考資料:
紀田順一郎『内容見本にみる出版昭和史』(1992/本の雑誌社)
『現代戯曲全集』(1924-26/国民図書)
『現代小説全集』(1925-26/新潮社)
『現代日本文学全集』(1926-31/改造社)
筆者執筆参加。文芸家26名のポートレイトを収めた写真冊子『著者近影』(松蔭浩之撮影・デザイン/男木島図書館2016年4月発行)は、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(渋谷)、タコシェ(中野)、NADiff a/p/a/r/t(恵比寿)の店頭などにて、現在手にとって頂けます。
収録文芸家:
青山七恵/池井戸潤/池澤夏樹/冲方丁/大野更紗/金原ひとみ/京極夏彦/窪美澄/沢木耕太郎/篠田節子/高橋源一郎/滝口悠生/谷川俊太郎/俵万智/辻村深月/堂場瞬一/早見和真/平野啓一郎/穂村弘/三浦しをん/道尾秀介/本谷有希子/森村誠一/山田詠美/吉田修一/吉本ばなな