第1回直木賞受賞者は劇作家
<第1章 文芸家ポートレイト/文学賞事始>
--3 人名を冠した文学賞創設―――直木三十五賞と芥川龍之介賞
③―――第1回直木賞受賞者作はすぐに新派が舞台化・トーキー映画化
直木三十五賞の第1回目の選考委員は、次になる。
菊池寛、久米正雄、佐佐木茂索、小島政二郎の芥川龍之介賞の審査員も兼務した4名と、三上於菟吉(「敵打日月双紙」「雪之丞変化」)、白井喬二(「新撰組」「富士に立つ影」「盤嶽の一生」)、吉川英治(「鳴門秘帖」「宮本武蔵」)、大佛次郎(「鞍馬天狗」「赤穂浪士」)になる。
代表作は発表後そのほとんどが映画化された人気文芸家ばかりになるが、賞の基準である大衆文芸の“大衆(たいしゅう)”とは、直木によれば、白井喬二が、プロレタリア文芸と区別するうえで、仏教用語から新たに生み出した言葉だった(1925)。
第1回直木賞は、川口松太郎・陸直次郎・木村哲二・濱本浩・湊邦三・海音寺潮五郎・岡戸武平・中野実・角田喜久雄が候補に。
審査の結果、川口松太郎が受賞した(1935)。
受賞作は、「風流深川唄」「鶴八鶴次郎」「明治一代女」の作品群で(受賞当時35歳)、文藝春秋の大衆小説雑誌『オール讀物』(1930年創刊)に掲載されていた。
その後、女形・花柳章太郎率いる新派(*書生芝居の流れを汲む)で、劇作家としてのキャリアを積んだ。
直木賞受賞作は、花柳が再興した新派ですべて上演された。
芸者の一途な歌舞伎役者への恋を描いた「明治一代女」は受賞の年に舞台化(花柳章太郎主演)。
日活もトーキー映画化した(監督は伊藤大輔。主演は新派出身の入江たか子と日本映画俳優学校1期性の島耕二)。
料亭の看板娘と板前の恋を描いた「風流深川唄」は受賞の翌年、舞台化(花柳章太郎主演)。
男女の芸道を描いた「鶴八鶴次郎」は、受賞から3年後、花柳章太郎・水谷八重子(初代)の主演によって明治座で舞台化。
同年、長谷川一夫・山田五十鈴主演によって、東宝でトーキー映画化もされた(監督・成瀬巳喜男)。
1930年代半ばは、活弁士が語るサイレント映画からトーキー映画へ本格的に移行しており、役者のセリフの必要性が、映画と新派劇、そして文芸との結びつきを深めていく。
受賞後、川口は人気文芸家となっていくが、審査員を務めた菊池寛は、「川口君は少し有名になりすぎている。去年なれば、ちょうどよかったので、一年くらい期を失している」と述べている。
*原典:
私家版『文芸メディア発展史~文芸家/写真家/編集者の追いかけっこ~』(2016年9月発行)
*主な参考資料:
『芥川賞・直木賞150回全記録』(2014//文藝春秋)
直木三十五「大衆文芸作法」『直木三十五作品集』(1989/文藝春秋)
菊池寛『菊池寛 話の屑籠と半自叙伝』(1988/文藝春秋)
筆者執筆参加。文芸家26名のポートレイトを収めた写真冊子『著者近影』(松蔭浩之撮影・デザイン/男木島図書館2016年4月発行)は、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(渋谷)、タコシェ(中野)、NADiff a/p/a/r/t(恵比寿)の店頭などにて、現在手にとって頂けます。
収録文芸家:
青山七恵/池井戸潤/池澤夏樹/冲方丁/大野更紗/金原ひとみ/京極夏彦/窪美澄/沢木耕太郎/篠田節子/高橋源一郎/滝口悠生/谷川俊太郎/俵万智/辻村深月/堂場瞬一/早見和真/平野啓一郎/穂村弘/三浦しをん/道尾秀介/本谷有希子/森村誠一/山田詠美/吉田修一/吉本ばなな