芥川賞の女性版 一葉賞があった

<第1章 文芸家ポートレイト/文学賞事始>

 --4 女性の文学賞創設―――一葉賞と女流文学賞

②―もう一つの芥川賞・一葉賞  長谷川時雨吉屋信子林芙美子のせめぎあい

 

豊田正子の人気と入れ替わるようなかたちで、日本文学報告会が設立される(1942)。

日華事変以降(1937)、文学者たちも記者として戦場に関わっていくようになっており、このとき、文藝家協会(初代会長・菊池寛)、日本ペンクラブ(初代会長・島崎藤村)、女流文学者会(初代会長・吉屋信子)などが傘下となった。

日本文学報告会は、会長を徳富蘇峰(『國民新聞』主宰者)、常任理事を久米正雄中村武羅夫が務めた。

 

その2年後、日本文学報告会・女流文学者会主催による、新人の女流作家のための文学賞が創設された。

一葉賞になる(1944)。

こちらも人名を冠した賞だった。

 

樋口一葉は、“円本”ブーム以前、24歳で亡くなった際、『一葉全集』(1897/博文館)が出た希有な存在になる。

 

樋口は、歌人・中島歌子から和歌を、『東京朝日新聞』で小説を書いていた半井桃水から小説を、それぞれ学んだ。

文芸雑誌『文芸倶楽部』(博文館)に、遊女と妻子持ちの布団屋の主人の悲恋「にごりえ」、遊女の妹と僧侶の息子の淡い恋物語たけくらべ」などを発表する。

坪内逍遥に感化され、明治以降の日本の女性で初めての小説とされる『藪の鶯』(1888/金港堂)を書いた三宅花圃に次ぐ、女性小説家に(三宅は中島の歌塾で樋口の先輩)。

職業小説家としては初とされる。

森鴎外主宰の同人文芸雑誌『めさまし草』において、森・幸田露伴斎藤緑雨の3人が合評欄「三人冗語」で誉めたことで注目されることになった(1896)。

 

樋口没後、13回忌での刊行が目指された『一葉全集』(博文館)に収録された9年分の日記の刊行後(1912)、映画をきっかけとし、樋口への関心は高まっていく。

たけくらべ」を日活がサイレント映画化(1924/監督・三枝源次郎)。

芥川龍之介が編集した『近代日本文学読本』(興文社)にも日記の一部が収録(1925)。

改造社の“円本”では尾崎紅葉に次ぐ第2回配本に(1927)。

その後も、文学座の創設者の一人・久保田万太郎が『日本文学講座』(1928/新潮社)に「樋口一葉とその大音寺時代」を発表。

『一葉日記』(1934/春陽堂)の刊行。

たけくらべ」の石碑を小説の舞台となった竜泉寺(現在の台東区)に建立(1936)。

さらには、山田五十鈴主演によるトーキー映画『樋口一葉』を東宝が制作(1939/監督・並木鏡太郎)。

和田良恵(新潮社の元編集者)が樋口研究本を多数出版している(1941年より)。

 

こうして評価が高まっていくなかで、一葉賞は創設された。

一葉賞は、戦時下の影響から第1回で終了するが、最初で最後となった第1回は、辻村もと子『馬追原野』が受賞した(1942/風土社)。

北海道の岩見沢を開拓した父の日記を元に開拓に賭ける姿が描かれた。

同年、『婦人公論』の懸賞小説で1等入選していた。

 

一葉賞の選考委員には、吉屋信子宇野千代、佐多(窪川)稲子、円地文子、板垣直子ら女流文学者会のメンバーが名を連ねている(林芙美子は未参加)。

会は、嶋中雄作(当時の中央公論社社長)の発案で、『婦人公論』に執筆する女性たちを十日会と称したのがルーツとされる。

長谷川時雨にお伺いを立て、吉屋信子の呼びかけで、真杉静枝、矢田津世子宇野千代林芙美子村岡花子、森田たま、今井邦子、深尾須磨子、板垣直子らその他10人以上のゆるやか集まりとして始まっている(1936)。

女流文学者会の初代代表は、吉屋信子が務めた。

 

大正期へと向かうことになる頃、『婦人画報』『婦女界』『主婦の友』『婦人公論』『婦人倶楽部』など婦人雑誌の誕生ラッシュとなったが、同じ頃、少女雑誌も誕生ラッシュとなった。

『少女界』(1902年創刊/金港堂)『女子文壇』(1905年創刊/女子文壇社)『少女世界』(1906年創刊/博文館)『少女の友』(1908年創刊/実業之日本社)『少女画報』(1912年創刊/東京社)『新少女』(1916年創刊/婦人之友社)『少女倶楽部』(1923年創刊/大日本雄辨會講談社*現・講談社)などになる。

 

こうした少女雑誌の投稿者から、吉屋信子は登場する。

吉屋は、『少女画報』『少女倶楽部』『少女の友』で連載した「花物語」が人気となった(挿絵は、亀高文子・清水良雄・蕗谷虹児中原淳一ら)。

思春期の少女たちの世界を描いた『花物語』は、洛陽堂から単行本化されて以降(1920)、さまざまな出版社から刊行され、吉屋は人気文芸家に。

『現代長篇小説全集』(新潮社)第18集の印税によって、パリ、イタリア、イギリス、アメリカへ旅行に出かけるまでになった(1928)。

『現代長篇小説全集』は、朝日新聞の広告に、徳田秋声菊池寛の顔写真を載せ(撮影者不明)、大々的な宣伝が行われた“円本”だった。

 

吉屋の代表作『花物語』は、新興シネマによって、『乙女シリーズ その一 花物語 福寿草』『乙女シリーズ その二 花物語 釣鐘草』としてトーキー映画化もなされた(1935/監督・川手二郎)。

 

「乙女シリーズ」の映画化と同じ年、女流文学者会のメンバーの一人となる林芙美子の『放浪記』がP.C.L.映画製作所(配給・東宝)によってトーキー映画化されている(監督・木村荘十二)。

『放浪記』は、行商による貧しい暮らしを描いた自伝的小説になる。

「放浪記」は、文芸商業雑誌『女人芸術』に連載された(当初のタイトルは「歌日記」)。

その後、改造社から新鋭文学業書の1冊として単行本化され、大人気に(1930)。

同年『続放浪記』(改造社)も出版された。

その印税で、林は、中国、パリ、ロンドンなど海外旅行に出かけている(1931-32)。

 

「放浪記」を掲載した『女人芸術』は、長谷川時雨(第4回菊池寛賞受賞)が主宰した、女性による女性のための文芸雑誌だった(全48冊/1920-30)。

長谷川は、6代目・尾上菊五郎の舞台作品など、明治以降、日本初とされる女性戯曲家として活躍後、「女性文筆の公器」を掲げて商業雑誌として『女人芸術』を創刊する。

 

原資は、長谷川の夫・三上於菟吉が出した(のちに第1回直木賞選考委員に。それ以前にも早稲田大学の後輩となる直木との共同出版社・元泉社へ出資)。

三上は、新聞や婦人雑誌に多数連載を持ち、“円本”『現代大衆文学全集』(1927-32/平凡社)にも収録されていくなど、人気文芸家となっていた。

 

やがて『女人芸術』は、婦人解放運動に力を入れた『青踏』(全52冊/1911-16)の後を継ぐかたちとなる。

平塚らいてうが主宰した女性による女性のための同人雑誌『青踏』には長谷川もたびたび寄稿していたが、両誌ともに、日本初の女子大学となる日本女子大学校(1901年創設*現・日本女子大学)で学んだ書き手も多かった。

田村俊子平塚らいてう、板垣直子、尾崎翠宮本百合子、辻村もと子などが在籍・卒業している。

 

しかし、『女人芸術』は、やがて左傾化によって発禁に。

そこで長谷川は、今度は、国策に沿った女性のための雑誌『輝ク会』を創刊する(1933-41)。

このとき、林芙美子佐多稲子円地文子宮本百合子らが参加している。

 

こうした流れのなかで、吉屋の「乙女シリーズ」と林の『放浪記』は映画化されている。

さらにその翌年、先にふれた、中央公論社の呼びかけをルーツとする女流文学会から、吉屋と林ら女流文学者会が結成された。

文藝春秋社を中心とした直木三十五賞芥川龍之介賞創設の翌年でもあり、中央公論社も含めその影響は想像に難くない。

 

そして、長谷川の亡くなる直前、『輝ク会』の活動を発端とする長谷川の強い意志によって、女流文学者会は本格的に会として設立している(1940)。

こうして、日本文学報告会・女流文学者会主催というかたちで、一葉賞創設へとつながっていく。

長谷川は、亡くなる直前、「一葉について書かなければ」といったという。

 

長谷川は、新聞連載や『女人芸術』などで明治・大正を生きた、“美人”にまつわる伝記を数多く残したが、なかでも樋口一葉は、『一葉全集』の日記を読み、『婦人画報』に書いて以来(1917)、関心の対象となり、樋口作品を解釈・批評した『評釋一葉小説全集』(1938/冨山房百科文庫)も残している。

 

一葉賞は1度で終了したものの、戦後、女流文学者賞が創設される(1946)。

 吉屋信子宇野千代林芙美子が選考委員を務めた。

第1回は、平林たい子が、思想犯の夫との生活を描いた「かういう女」で受賞している(総合雑誌『展望』(筑摩書房)掲載)。

 

女流文学者賞は、久米正雄が社長、川端康成が重役を務めた文芸家たちの出版社・鎌倉文庫が支援し、その婦人版・婦人文庫が主催した。

雑誌『婦人文庫』も発行し、その初代編集長を吉屋信子が務める予定だったが、川端と川端に師事した北條誠が行っている。

 

鎌倉文庫の倒産後は、中央公論社が女流文学賞(1962-)として引き継ぎ、中央公論新社となった際、婦人公論文芸賞(2001-)となっている。

 

 

*原典:

私家版『文芸メディア発展史~文芸家/写真家/編集者の追いかけっこ~』(2016年9月発行)

*主な参考資料:

宮本百合子「婦人と文学」(1947)(青空文庫

日本女流文学者会編『女流文学者会・記録』(2007/中央公論新社

吉屋信子『自伝的女流文壇史』(1962/中央公論社

岩橋邦枝『評伝 長谷川時雨』(1993/筑摩書房

 

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筆者執筆参加。文芸家26名のポートレイトを収めた写真冊子『著者近影』(松蔭浩之撮影・デザイン/男木島図書館2016年4月発行)は、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(渋谷)、タコシェ(中野)、NADiff a/p/a/r/t(恵比寿)の店頭などにて、現在手にとって頂けます。

収録文芸家:
青山七恵/池井戸潤/池澤夏樹/冲方丁/大野更紗/金原ひとみ/京極夏彦/窪美澄/沢木耕太郎/篠田節子/高橋源一郎/滝口悠生/谷川俊太郎/俵万智/辻村深月/堂場瞬一/早見和真/平野啓一郎/穂村弘/三浦しをん/道尾秀介/本谷有希子/森村誠一/山田詠美/吉田修一/吉本ばなな