著者近影が装丁デザインに組み込まれていく

<第2章 顔をさらすから身をさらすへ>

---2 “円本”に次ぐ発明―――装丁としての著者近影

田村茂が『現代日本の百人』(文藝春秋新社)を、土門拳が『風貌』(アルス)を発表した翌年の1954年、光文社は新レーベルのカッパ・ブックスをスタートする。

このシリーズから、著者の写真と略歴を装丁に載せた、著者近影を始めている。

(もちろん、明治期より、口絵写真として著者近影そのものは行われており、尾崎紅葉は生前から葬儀までの写真をまとめた葬儀写真集『あめのあと』(データ不明)、夏目漱石の13回忌写真集『漱石写真帖』(1929/改造社)もある)。

①―――後発・光文社の“創作出版” 小説/文芸評論・伊藤整の提案

 

光文社のカッパ・ブックスの第1弾は、小説と文芸評論を手がけた伊藤整の『文学入門』(1954)になる。

中村武志『小説 サラリーマン目白三平』と同時発売された。

 

カッパ・ブックス誕生のきっかけは、伊藤からの提案だった。

 

伊藤の原稿は1冊にまとめるには少なかったことと、当時、伊藤が『婦人公論』の連載をまとめたエッセイ本『女性に関する十二章』(1953/中央公論社)が、刊行の翌年、東宝で映画化され(監督・市川崑)、ベストセラーの1位(出版指標年報)となっており、その著書と同じ薄い版型が手にとってもらいやすいのでは、というものだった。

 

そこから、光文社の編集者・神吉晴夫は、カッパ・ブックスを考えていくことになる。

 

神吉の頭にすぐに浮かんだのは、岩波新書(1938年創刊)だったが物真似はしたくなかった。

そこで、岩波新書が参考にしたイギリスのペンギン・ブックスなど海外のペーパーバックを参考に、さまざまなアイデアを考えた。

 

「電車のなかでも読みやすいように紙質をあかるく」「活字も9ポイントを使う」「豪華なカバーを使う」「日本で初めての試みとして、そのカバーの裏面に写真入りの著者紹介をのせたり」と神吉は述べている。

 

こうした考えの背景には、神吉が東京帝国大学で学び(*中退)、東京帝国大学系で教養路線の岩波書店ではなく、同じ東京帝国大学系でも講談などを扱う大衆路線だった講談社で仕事を始めたことが大きかった。

 

神吉は、講談社に入社後、子会社の光文社に移ると、光文社は戦後にできたばかり出版社であったことから(1945年創業)、「無名の出版社は無名の著者に」をコンセプトとした。

社会心理学』(南博)が最初の話題作となったのち、無名の母親が子育てに苦労する姿を描いた『少年期 母と子の四年間の記録』(波多野勤子)が、ベストセラーの1位となった(1951)。

 

こうしたノンフィクション路線には、岩波とは違うものをという考えが流れており、その後、新たに書籍を版型・デザインから考えるにあたり、(伊藤整は著名だったが)肩書きのない著者を紹介するうえで、装丁としての著者近影が生まれていく。

 

神吉は、自著でヒットの秘密を紹介している。

そこから、著者という存在をどうとらえていたかが伺える。

 

著者あるいは作家は、読者より一段高い階級の人間ではないということ。

だから作品は、上のものが下のものに……を授けるのではない。著者あるいは作家は、すでに読者のなかにもやもやと存在している……を意識して、作品のなかに「形づくる」のである。

造形するのである。そういう面から読者の共感をそそるのである。

したがって、同時代的共鳴度の強い作品が大ヒットする可能性が多いといえるのではないか。

 

著者は読者と同じ立場にあり、ヒットには同時代性が必要。

神吉にとって、著者近影を装丁に組み込むことは必然だっただろう。

それが、カッパ・ブックスだった。

 

神吉によれば、伊藤整の『文学入門』のヒットには、伊藤が時の人だったことも幸いしたという。

当時、伊藤が翻訳したイギリスの小説家D・H・ローレンスの『チャタレイ夫人の恋人』(小山書店)が、わいせつ性をめぐって裁判沙汰となっており、伊藤が『文学入門』の前年に光文社から発表していた小説『火の鳥』(*伊藤の過去の連載分を1冊にまとめた)も、『文学入門』発売の年、ベストセラー7位となっていた。

 

けれども、そうした伊藤の話題性とは別に、カッパ・ブックスからは、創刊の翌年、年間ベストセラーを4冊生み出した(1955)。

望月衛『慾望 そのそこにうごめく心理』、渡辺一夫『うらなり抄 おへその微笑 随筆』、岡倉古志郎『財閥 かくて戦争はまた作られるか』、正木ひろし『裁判官 人の命は権力で奪えるものか』)。

 

神吉は、自身の編集論を“創作出版”と呼び、読者へ訴えかけたいことをサブタイトル化するなどを述べているが、カッパ・ブックスの装丁には、著者近影も添えられている。

 

 

*原典:

私家版『文芸メディア発展史~文芸家/写真家/編集者の追いかけっこ~』(2016年9月発行)

*主な参考資料:

山田慎也『遺影と死者の人格 葬儀写真集における肖像写真の扱いを通して』(2011/国立歴史民俗博物館研究報告書 第169集)

神吉晴夫『現場に不満の火を燃やせ ビジネスマン入門』(1963/オリオン社)

神吉晴夫『カッパ軍団をひきいて 魅力を売りつづけた男たちのドラマ』(1976/学陽書房

新海均『カッパ・ブックスの時代』(2013/河出ブックス)

塩澤実信著・小田光雄編集『戦後出版史 昭和の雑誌・作家・編集者』(2010/論創社

 

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筆者執筆参加。文芸家26名のポートレイトを収めた写真冊子『著者近影』(松蔭浩之撮影・デザイン/男木島図書館2016年4月発行)は、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(渋谷)、タコシェ(中野)、NADiff a/p/a/r/t(恵比寿)の店頭などにて、現在手にとって頂けます。

収録文芸家:
青山七恵/池井戸潤/池澤夏樹/冲方丁/大野更紗/金原ひとみ/京極夏彦/窪美澄/沢木耕太郎/篠田節子/高橋源一郎/滝口悠生/谷川俊太郎/俵万智/辻村深月/堂場瞬一/早見和真/平野啓一郎/穂村弘/三浦しをん/道尾秀介/本谷有希子/森村誠一/山田詠美/吉田修一/吉本ばなな