吉川英治と入れ替わった松本清張以前以後

<第2章 顔をさらすから身をさらすへ>

---2 “円本”に次ぐ発明―――装丁としての著者近影

②―――カッパ・ノベルス誕生  松本清張の大ブームとニューメディア

 

光文社の編集者・神吉晴夫は、カッパ・ブックスをスタートさせた5年後、今度は、カッパ・ノベルスを創刊する(1959)。

神吉は、これまで岩波書店や新潮社など先行する出版社と成り立ちの違いから、ノン・フィクションにこだわってきたにも関わらず、小説の出版に踏み切る。

そこには、松本清張との出会いがあった。

 

松本清張は、小学校卒業後、印刷工~朝日新聞などでの広告デザイナーを経て、芥川龍之介賞受賞者となっていたものの(1952)、連載する場もままならない状況で、連載しても必ず単行本が出版されるような存在ではなかった。

 

当時の文壇では、推理小説の位置は低かった。

神吉自身も、江戸川乱歩木々高太郎(第4回直木賞受賞者で大脳生理学者)の名前を知っていた程度で、推理小説の読者は非常に変わった層ととらえていた。

編集部の女性スタッフ・松本恭子の強い推しがなければ、松本清張の小説も手に取るようなものでなかった。

実際、松本も書く場所に苦労しており、旅行雑誌『旅』(日本交通公社JTB~新潮社)で「点と線」が連載できていたのは、推理小説好きの女性編集長・戸塚文子の強い推薦がきっかけだった。

(松本初の長編ミステリーとなった「点と線」が鉄道ミステリーとなったのは、掲載誌の性格からだった)

 

「点と線」を読んだ神吉は、そのときの感想を次のように述べている。

 

これならば、「カッパ・ブックス」の取り扱っている、同時代人の共感を誘い出すという本にきっとなる―――「カッパ・ブックス」は権威主義の出版社じゃない。

著者と読者は上と下のつながりでなく、同じ線でつながっているのです。

(引用者中略)日本という国、東京という都会で同じように生活している同時代人なんだという感覚、同時代人的なものの考え方を持っていて、同じように泣いたり、怒ったり、悲しんだり、さびしがったりするような人間を取り扱って、私もやっぱり現代に生きているんだなあという共感を誘い出すということが私の仕事です。

 

神吉は、自著のなかで、著者は読者と同じ立場にあり、ヒットには同時代性が必要と何度も繰り返した。

 

神吉は、すぐさま松本に出版の相談を持ち込んだ。

松本の条件は、印税を放棄するかわりに、大いに宣伝をというものだった。

そして、「点と線」の連載の終わった年、光文社は単行本化を行った(1958)。

 

このとき、神吉は、松本の以前の職場・朝日新聞に、光文社から同時発売の松本の長編推理小説『眼の壁』(『週刊読売』連載)とともに広告を打った。

同年、『点と線』は東映(監督・小林恒夫)で、『眼の壁』は松竹(監督・大庭秀雄)で映画化。

両映画は、人気を呼び、社会派の推理小説ブームを起こしていく。

 

このヒットにより、カッパ・ブックスの姉妹編としてカッパ・ノベルスが誕生することになる(1959)。

 

第1回配本は、松本清張ゼロの焦点』(『太陽』『宝石』連載)と南條範夫『からみ合い』(『宝石』連載)の2冊の長編推理小説となった。

 

そして、カッパ・ノベルスでも、カッパ・ブックスと同じように装丁としての著者近影が行われていく。

翌年、『点と線』も単行本からカッパ・ノベルス版として発売し直され、裏表紙を松本の著者近影が飾った。

 

このブロックの最後に、当時の時代状況をふれておきたい。

『点と線』出版以前に、すでに土壌は育ちつつあった。

松本初の短編集『顔』(1956/講談社)は、刊行の年、第10回日本探偵作家クラブ賞(現・日本推理作家協会賞)を受賞していた。

この時期、民間のテレビ局の開局ラッシュの時期にあたっており、松本原作のテレビドラマも制作された。

松本原作の映画作品も、松竹、大映、日活ですでに公開されていた。

時代は、新聞、雑誌、映画のなかに、テレビが加わるメディアミックス的な装いとなっていた。

 

こうしたなかで、カッパ・ノベルスは誕生した。

 

実際、松本清張の小説がベストセラー(出版指標年報)の上位に入るのは、女性雑誌『婦人倶楽部』(講談社)に連載されて講談社が単行本化した年に大映で映画化された『黒い樹海』(1960/監督・原田治夫)、『読売新聞』に連載されてカッパ・ノベルスから刊行された『砂の器』(1961)、『河北新報』などに連載されてカッパ・ノベルスから刊行された『影の地帯』(1961)、光文社が3年前に創刊した女性週刊誌『女性自身』に掲載されてカッパ・ノベルスから刊行された『風の視線』(1962)の時期になる(それぞれ順に10位、5位、6位、10位)。

この時期、松本は、高額納税者公示制度”長者番付”(国税庁)の作家部門で戦後長らく1位を続けていた吉川英治(第1回直木賞選考委員)に替わって、1位になっている(1960年度)。

 

こうして始まったカッパ・ノベルスの“松本清張シリーズ”は、人気となり、発行部数860万部を突破すると、神吉は、光文社発行の松本の全作品と新刊、着物姿の松本の立ち姿の近影を載せた一面広告を新聞に打った(1967)。

 

 

*原典:

私家版『文芸メディア発展史~文芸家/写真家/編集者の追いかけっこ~』(2016年9月発行)

*主な参考資料:

神吉晴夫『現場に不満の火を燃やせ ビジネスマン入門』(1963/オリオン社)

神吉晴夫『カッパ軍団をひきいて 魅力を売りつづけた男たちのドラマ』(1976/学陽書房

新海均『カッパ・ブックスの時代』(2013/河出ブックス)

塩澤実信著・小田光雄編集『戦後出版史 昭和の雑誌・作家・編集者』(2010/論創社

林悦子『松本清張映像の世界 霧にかけた夢』(2001/ワイズ出版

加納重文『松本清張作品研究』(2008/和泉書院

 

 

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筆者執筆参加。文芸家26名のポートレイトを収めた写真冊子『著者近影』(松蔭浩之撮影・デザイン/男木島図書館2016年4月発行)は、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(渋谷)、タコシェ(中野)、NADiff a/p/a/r/t(恵比寿)の店頭などにて、現在手にとって頂けます。

収録文芸家:
青山七恵/池井戸潤/池澤夏樹/冲方丁/大野更紗/金原ひとみ/京極夏彦/窪美澄/沢木耕太郎/篠田節子/高橋源一郎/滝口悠生/谷川俊太郎/俵万智/辻村深月/堂場瞬一/早見和真/平野啓一郎/穂村弘/三浦しをん/道尾秀介/本谷有希子/森村誠一/山田詠美/吉田修一/吉本ばなな