角川春樹と神吉晴夫

<第4章 映画時代の終焉/音楽産業の前景化>

---1 メディア間格差を狙え―――単行本と文庫、映画とテレビ

②―――角川文庫と光文社の影

 

角川春樹は、外国映画関連本を文庫化する際、それまでセロハン紙にくるむのが一般的だった文庫に、独自の企画として、カラーの表紙をつけた。

我々は、ここで、光文社の神吉晴夫が生み出した新書・カッパ・ブックスのことを思い出すだろう。

 

さらに、角川春樹は文庫化を、次のように推し進めた。

他社から出た単行本のヒット作を、文庫化の許可を著者から取り付け、時間を置かずに文庫化を行った。

単行本は、必ずしも文庫化されるわけではなく、文庫化は人気の証であるが文庫化までに時間がかかる、その時間差を狙った。

 

当時のことを角川春樹は、次のように述べている。

 

文庫本のファッション化…それまでの純文学志向、名著の厳選という岩波文庫型の出版社から読者へという一方方向から、読者のニーズを創造していく

 

“ニーズの創造”から、我々は、神吉晴夫の“創作出版”という言葉を思い出すだろう。

 

角川文庫の最初のシリーズとなったのは、推理小説家・横溝正史になる。

横溝は、実家の薬屋を継ぐべく大阪薬学専門学校(現・大阪大学薬学部)で学び、執筆活動を行う。

戦前は、江戸川乱歩の招きで雑誌『新青年』(博文館)の編集者も務めた。

戦後、金田一耕助シリーズ第1作となる、岡山県の日本家屋での密室殺人を描いた『本陣殺人事件』(青珠社)で、江戸川乱歩が創設した第1回探偵作家クラブ賞(現・日本推理作家協会賞)を受賞(1948)。その名が知られていくことになる。

やがて社会派推理小説家・松本清張の登場によって忘れ去れさられていったともされるが、少年漫画誌週刊少年マガジン』(1959年創刊/講談社)で影丸穣也が作画を行った「八つ墓村」の漫画化(1968)によって再び人気に火が付く。

講談社から全集(全10巻)も刊行されることになった(1970)。

 

当初、角川春樹は、江戸川乱歩の作品の文庫化を望んだが、版権が抑えられていた。

戦後は神吉晴夫の光文社が持ち、松本清張の台頭後はポプラ社へ移行していた。

そのため、横溝正史になったというが、『八つ墓村』の角川文庫化以降(1971)、徐々に点数を増やしていく。

表紙イラストを杉本一文が手がけ、イメージの統一を図っていく。

 

こうした背景には、電通藤岡和賀夫の企画による、当時、日本中をにぎわせていた国鉄(現・JR)の国内旅行のキャンペーン“ディスカバー・ジャパン”による日本再発見の動きもあったという。

ここでも、我々は、カッパ・ノベルス誕生のきっかけとなった松本清張の『点と線』が鉄道ミステリーだったことを思い出すだろう。

 

横溝作品の角川文庫化が進むなかで、横溝映画が制作されていく。

横溝原作の『本陣殺人事件』は戦後すぐに映画化されていたが(東横映画/1947*監督・松田定次)、再び、日本アート・シアター・ギルド(ATG)によって映画化される(1975/監督・高林陽一)。

芸術系を理想としたATGが、話題の小説を原作とした商業路線へ切り替えた年の作品だった。

このとき角川春樹は、映画に宣伝協力費として出資し、角川文庫に横溝作品計25点をそろえた。

そして、新聞広告をうち、“横溝フェア”を実施した。

ここでも、我々は、光文社の神吉晴夫の松本清張の新聞広告を思い出すだろう。

 

角川春樹が、文庫化を推し進めたのは、ビジネスの側面だけでなく、ある体験があった。

アメリカでペーパーバックがトイレなどで読み捨てられているのを見たこと、自身が旅先で文庫本を読み捨てていたことから、本は読み捨てでもよいのではという考えがあったという。

ここで、我々は、寺山修司も思い出すだろう。

 

結果、角川文庫の躍進によって、文庫市場には、中公文庫(1973)、文春文庫(1974)、集英社文庫(1976)の老舗を含む出版社が多数参入している。

 

 

*原典:

私家版『文芸メディア発展史~文芸家/写真家/編集者の追いかけっこ~』(2016年9月発行)

*主な参考資料:

角川春樹『わが闘争 不良青年は世界を目指す』(2005/イーストプレス

『ATG映画の全貌』(1979/夏書館)

 

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筆者執筆参加。文芸家26名のポートレイトを収めた写真冊子『著者近影』(松蔭浩之撮影・デザイン/男木島図書館2016年4月発行)は、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(渋谷)、タコシェ(中野)、NADiff a/p/a/r/t(恵比寿)の店頭などにて、現在手にとって頂けます。

収録文芸家:
青山七恵/池井戸潤/池澤夏樹/冲方丁/大野更紗/金原ひとみ/京極夏彦/窪美澄/沢木耕太郎/篠田節子/高橋源一郎/滝口悠生/谷川俊太郎/俵万智/辻村深月/堂場瞬一/早見和真/平野啓一郎/穂村弘/三浦しをん/道尾秀介/本谷有希子/森村誠一/山田詠美/吉田修一/吉本ばなな