ミュージシャン小説家を造る

<第5章 そして作家が消えた>

---1 小説家が消えた―――キャラクターから始まる文芸の加速

これまで、出版社は、ポートレイトにこだわり、人名にこだわることで、先行する出版社を乗り越える動きを見てきた(改造社のPR文藝春秋の直木三十五賞・芥川龍之介賞光文社の著者近影角川書店の一挙文庫化など)。

その方法論は、その後、角川書店マガジンハウスにおいて、ひとつの極限に達する。

①―――音楽雑誌化していく文芸雑誌『月刊カドカワ』と見城徹

 

角川春樹の片腕として『野性時代』(現・『小説 野性時代』)で働いた編集者・見城徹は、40代の女性をターゲットとしていた文芸雑誌『月刊カドカワ』(1983年創刊)の編集長に就任する(1985)。

実売わずか6千部。その立て直しが目的だった。

 

自身が惚れぬいた人物たちと仕事をすることを信条とする見城は、『野性時代』編集部時代、数多くのヒット作を生んでいた。

村上龍のデビュー作「限りなく透明に近いブルー」が群像新人文学賞を受賞した際(1976)、新聞記事に掲載された村上のポートレイトを一目見て惚れ、原稿も読まず、連絡先を探し出し、親交を結ぶ。

それは、中上健次と村上の対談集『俺達の船は、動かぬ霧の中を、纜を解いて』(1977/角川書店)へつながった。

大ファンだったという戯曲家つかこうへいの稽古場に何度も足を運び、角川書店と15年間の専属契約を結ぶ(1977)。

編集を担当した、有明夏夫「大浪花諸人往来―耳なし源蔵召捕記事」(1978)、つかこうへい「蒲田行進曲」(1981)、村松友規「時代屋の女房」(1982)など、『野性時代』初出作品から直木賞受賞作を送り出した。

 

見城は、音楽家とも積極的に交流を持つ。

角川春樹の指示を受け、小学館発行の矢沢永吉の自叙伝『成り上がり』(聞き手・糸井重里)を小学館筆頭株主集英社で文庫化される前に角川文庫化(1980)。

ラジオから流れてきた曲に感動し、松任谷由実東芝EMI)に自伝『ルージュの伝言』(1984)を執筆させた。

同じくラジオから流れてきた曲に感動した、当時18歳でプロデビューを飾って大きな話題となっていた尾崎豊CBSソニー)へ猛アプローチ。

出版社から依頼が殺到しているなか、尾崎初の著書『誰かのクラクション』(1985)を出版した。

 

その裏には、見城流のアプローチがあった。

矢沢の事務所社長とは、映画館やテレビでCMを打てるならという条件を飲むことで文庫化を実現(矢沢はCBSソニーから海外進出を念頭にワーナー・パイオニアへ移籍直後)。

松任谷の場合は、赤裸々に語った内容から直前で出版を控えたいという松任谷に当時のライバル中島みゆきに勝てるよう約束し、一晩かけて説得している。

尾崎の場合は、尾崎の所属事務所の先輩ハウンド・ドッグの書籍も出すという取り引きを行っている。

 

こうしたやり方について、見城は、慶応義塾在学中に学生運動を行っていた時期が常に頭にあり、27歳で射殺された奥平剛士の生き様が影響していると述べている。

極左組織・日本赤軍の創設メンバーの奥平は、イスラエル政府に仲間の開放を突きつけていたパレスチナ解放人民戦線PFLP)から依頼を受け、テルアビブ空港で乱射事件を起こし、射殺された(1972)。

学生運動に取り組んでいた見城にとって、この奥平の生き様を思えば、何も恐れるものはないという。

 

月刊カドカワ』に戻ろう。

見城は、編集長就任前は、長友啓典(日本デザインセンター出身)のアート・ディレクションで女性の顔のイラストだった表紙を、女優の表紙に変えた(その最初は古手川裕子)。

見城就任以前、著名人が食する連載企画(その最初は風間杜夫)を撮影していた篠山紀信に表紙ポートレイトを託した。

その後、写真企画ページは、数回で終了するが、著名人が著名な女性を写す企画へとなった(その最初は、撮影・中上健次、被写体・都はるみ)。

自身が惚れぬいた音楽家坂本龍一と当時の坂本夫人・矢野顕子の連載「月刊リュウイチ」と「月刊アッコちゃん」の夫婦連載をウリにした。

また、安西水丸池田理代子高橋三千綱(原作)、岡崎京子らの漫画を掲載。

池田には初となる小説も書かせている。

 

大きな転換点となったのは、一人の人物を特集した“総力特集”の取り組みだった。

以後、部数が右肩上がりに伸びていったという。

その最初は、松任谷由実だった(1988)。

この“総力特集”によって誌面が変化していく。

松任谷は、これまで女優が表紙を飾っていたなかで一度だけ表紙となっていたが(1986)、松任谷の表紙と“総力特集”という組み合わせ(1988年1月号)が行われて以後、2月号表紙・安田成美に特集・松任谷由実

3月号はともに矢野顕子

4月号表紙・薬師丸ひろ子に特集・銀色夏生

5月号表紙・石田えりに特集・山田詠美

6月号表紙・鷲尾いさ子に特集・俵万智

以後、今井美樹(7月号)斉藤由貴(8月号)つみきみほ(9月号)大貫妙子(10月号)黒木瞳(11月号)NOKKO(12月号)と7月号以降明確に形作っていく。

 

このとき、見城は、斉藤由貴黒木瞳といった、被写体としてそのキャリアを始めたアイドルや女優に、絵と文を組み合わせた短い文章を書かせている。

すでに誌面では、尾崎豊中村あゆみハミングバード)、渡辺美里(EPIC・ソニー)などの記事を取り上げ始めていたが、文芸雑誌にも関わらず、音楽家を軸に、被写体と文筆が交差していく誌面づくりは、当時の時代背景が可能にしている。

 

見城が『月刊カドカワ』の編集長に就任した頃、NOKKO率いるレベッカCBSソニー)やBOOWY東芝EMI)が登場し、ロックバンドがさらに身近なものとなる。

カラーグラビアを主体とした音楽雑誌『PATi・PATi』が創刊し(1984/CBSソニー出版)、チェッカーズポニーキャニオン大沢誉志幸(EPIC・ソニー)吉川晃司(SMSレコード)尾崎豊らが並置された。洋楽紹介を行う音楽雑誌『ロッキング・オン』の姉妹雑誌となる邦楽雑誌『ロッキング・オン・ジャパン』も創刊された(1986)。

創刊号の表紙・特集は佐野元春(EPIC・ソニー)が飾った。

また、TM NETWORK(EPIC・ソニー)のメンバー木根尚登が、CDアルバムと連動した小説『CAROL』(1989/CBSソニー出版)も発表している。

 

そうした時代、『月刊カドカワ』では、やがて音楽家が小説や絵本を発表していく。

アイドルからの脱皮を図っていた斉藤由貴(ポニー・キャニオン)の創作「夕方から」(1989)。

原由子ビクター音楽産業)の絵本「眠れぬ夜の小さなお話」(1989)。

尾崎豊の長編小説「黄昏ゆく街で」(1990)。

木根尚登6作目の小説となる「武蔵野蹴球団」(1991)。

筋肉少女帯トイズファクトリー)を率いた大槻ケンジの初の小説「新興宗教オモイデ教」(1992)などを掲載した。

小川洋子芥川賞を受賞した翌年、小川が大ファンの佐野元春についての小説を書かせるという試みも行われる(1992)。

 

また、この時期、『月刊カドカワ』では、俵万智の短歌と浅井慎平の写真を組み合わせて掲載した(1987)。

掲載の年、河出書房新社から出た俵の単行本『サラダ記念日』(1987)は、その年ベストセラーの1位(出版指標年報)に。

短歌ブームが起こる。

俵の単行本は他社からの出版が先行したが、このとき、見城は、銀色夏生を『月刊カドカワ』で大々的に取り上げていく。

沢田研二の歌「晴れのちBLUE BOY」(ポリドール/1983)の作詞を手がけた銀色の詩に感動し、すでに銀色自身が撮影した写真を添えた詩集『これもすべて同じ一日』(1986)を角川書店から出していたが、背景はやはり音楽だった。

 

小説を書けそうな人物に小説を書かせる試みは、角川春樹から受け継いだ方法論とはいえ、こうした時代の波と連動していた。

結果、音楽雑誌と見分けのつかない文芸雑誌となった『月刊カドカワ』は、最盛期には18万部まで売り上げたという。

 

その後、見城は、角川春樹の薬物事件による社長解任とともに角川書店を退社。

幻冬舎を設立する。

『ダ・ヴィンチ』の好きな出版社ランキング(①講談社新潮社幻冬舎集英社角川書店)を念頭におきながら、見城は、出版社を興した心境を次のように述べている(2007)。

 

講談社小学館をひっくり返してやろうと思わない限り、やる意味がない。

直木賞芥川賞にしろ、文藝春秋がつくったものでしょ。

その器のなかに幻冬舎が価値を置くことほど、愚かなことはない。

文春の価値では生きている意味もないし、その価値観を変えなければ勝ったことにならない。

 

もちろん、我々は、この言葉から、角川春樹の言葉を思い出すだろう。

 

月刊カドカワ』は、見城退社の5年後、廃刊した(1998)。

 

 

*原典:

私家版『文芸メディア発展史~文芸家/写真家/編集者の追いかけっこ~』(2016年9月発行)

*主な参考資料:

見城徹『編集者という病い』(2007/太田出版

見城徹『異端者の快楽』(2008/太田出版

 

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筆者執筆参加。文芸家26名のポートレイトを収めた写真冊子『著者近影』(松蔭浩之撮影・デザイン/男木島図書館2016年4月発行)は、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(渋谷)、タコシェ(中野)、NADiff a/p/a/r/t(恵比寿)の店頭などにて、現在手にとって頂けます。

収録文芸家:
青山七恵/池井戸潤/池澤夏樹/冲方丁/大野更紗/金原ひとみ/京極夏彦/窪美澄/沢木耕太郎/篠田節子/高橋源一郎/滝口悠生/谷川俊太郎/俵万智/辻村深月/堂場瞬一/早見和真/平野啓一郎/穂村弘/三浦しをん/道尾秀介/本谷有希子/森村誠一/山田詠美/吉田修一/吉本ばなな