写真賞に美術家が入り込む
<第5章 そして作家が消えた>
---2 写真家も消えた―美術家であり写真家であり被写体であり…
1993年度の木村伊兵衛写真賞の最終選考に、一人の美術家が残った。
森村泰昌になる。
審査の対象になったのは、『着せかえ人形第1号』(小学館)だった(木村伊兵衛写真賞は、写真関係者から事前アンケートのなかから候補が選ばれる)。
森村が、西洋の名画に入り込んだセルフポートレイト写真作品やマドンナやマイケル・ジャクソンなどのポップスターに扮したセルフポートレイト写真作品をまとめた写真集だった。
選考委員は、この賞のスタート時のように文芸家はおらず、篠山紀信・高梨豊・長野重一・奈良原一高・藤沢正実(『アサヒカメラ』編集長)と、写真家が中心となって務めた。
森村の写真集は、篠山紀信が強く推すも受賞を逃がす。
篠山は、こう述べている。
はたしてこれを旧来の意味で写真作品といっていいのだろうか。
オリジナルな自己創作物ではない他者の創作物にすり替わるという意味では、従来のアートの側からもこれは異端であり、写真の側からも美術家のコンセプトにただ写真を利用しただけといわれ、どちらの側からもはみ出た作品なのだ。
だが、ぼくはこの一冊にひどく興味をそそられた。
それはただ一点、ならばこの作品は写真以外の表現で成立しただろうか、ということだ。
森村は、京都市立芸術大学で、アメリカのグラフ誌『LIFE』の特派員も務めていた写真家アーネスト・サトウに学んだ。
1985年、ゴッホの自画像に自ら入り込んだセルフポートレイト写真作品を発表。
それから3年後、西洋の名画に入り込んだセルフポートレイト写真作品が、国際的な美術展、ヴェネチア・ビエンナーレの若手部門アペルトに出品されたことで、大きく注目されることになった。
当時の状況について、森村は、「私が出品した88年のアペルトは、現代美術が商品になった先駆けで、日本美術のグローバル化元年でもある」と語る。森村が述べたように、以後、「アゲインスト・ネイチャー」展(1989~91/サンフランシスコ美術館ほか)などによって、日本の現代美術作品が海外で紹介され、欧米の美術市場で取り引きされていくことになる。
この流れのなかに、写真家・荒木経惟も入ってくる。
荒木は、個展「アクト・トーキョー1971-1991」(フォルム・シュタットパルク/オーストリアほか)以降、海外の展覧会への出品が急増していく。
こうした時代背景のなかで、森村の作品は、木村伊兵衛写真賞の対象作品となり、受賞の可能性までもあった。
この年、豊原康久(当時36歳)・佐藤時啓(当時36歳)・森村泰昌(当時42歳)の3名が残ったうえで、どのような選考がなされたかについては、先ほど篠山の言葉にはふれたが、他の選考委員たちの言葉から明確に伺える。
「今回の候補作のなかで、惜しくも賞の選考からは漏れてしまったが、妹尾豊考さんの『大阪環状線―――海まわり』(マリア書房)にも、私は強い感銘をうけた」(長野重一)
「豊原康久氏の『Street』はここ数年のグループ展での仕事の集成と、ひとまずいえるものだ」(高梨豊)
「“佐藤時啓さんはいいですね”と言っても“彼には3年前にあげるべきだった、メルセデス・ベンツに招かれる今となっては…”という声があがる。“じゃー、森村泰昌さんでは…粋な計らいだと伊衛兵さんも喜ぶかも知れませんよ”と一歩跳んでみても、“あれほどポピュラーな人に今さら…”と情けない。(引用者中略)新人とは未知なる世界をひっさげて現れる人のことである。そのような広い意味での輝きを讃えるのか、若者への祝いの花束にとどまるのか」(奈良原一高)
「「新人賞に授与する」とする木村伊衛兵賞の本来の趣旨と、最近の受賞傾向や写真状況についての再検討の必要性が議論されましたが、この点については第20回を迎えるまでの課題とすることにしました」(藤沢正実)
こうしたなかで、この年、豊原康久が木村伊兵衛写真賞を受賞した。
東京の街路で無名の女性たちをモノクロ写真で撮らえた写真集は、選考委員・高梨豊の「東京人」を思い起こさせるだろう。
このとき、篠山は、任期終了を理由に、1988年から務めていた選考委員をしばらく離れることを選んだ。
その森村は、写真評論家の飯沢耕太郎編『日本の写真家101』(2008/新書館)の1人に入り込んでいる。
同じ頃、日本をテーマにした写真作品を作り始め、三島由紀夫が陸上自衛隊を訪れ、自決した際の演説映像にも入り込んだ(2006-)。
*原典:
私家版『文芸メディア発展史~文芸家/写真家/編集者の追いかけっこ~』(2016年9月発行)
*主な参考資料:
『アサヒカメラ』(1994/朝日新聞出版)
森村泰昌『着せかえ人形第1号』(1994/小学館)
水戸芸術館現代美術センター企画『12人の挑戦 大観から日比野まで』(2002/茨城新聞社)
飯沢耕太郎監修『カラー版 世界の写真史』(2004/美術出版社)
森村泰昌『美術の解剖学講義』(1996/平凡社)
「Clippin JAM」クリエイター・ファイル50 森村泰昌 インタビュー(2011/ジャム・アソシエーツ)
筆者執筆参加。文芸家26名のポートレイトを収めた写真冊子『著者近影』(松蔭浩之撮影・デザイン/男木島図書館2016年4月発行)は、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(渋谷)、タコシェ(中野)、NADiff a/p/a/r/t(恵比寿)の店頭などにて、現在手にとって頂けます。
収録文芸家:
青山七恵/池井戸潤/池澤夏樹/冲方丁/大野更紗/金原ひとみ/京極夏彦/窪美澄/沢木耕太郎/篠田節子/高橋源一郎/滝口悠生/谷川俊太郎/俵万智/辻村深月/堂場瞬一/早見和真/平野啓一郎/穂村弘/三浦しをん/道尾秀介/本谷有希子/森村誠一/山田詠美/吉田修一/吉本ばなな