宇山日出臣(秀雄)から太田克史へ

<第5章 そして作家が消えた>

---1 ポートレイトも消えた―――覆面作家続々と

④―――講談社発「イラストーリー・ノベル」『ファウスト』創刊 

 

講談社は、1996年、文芸雑誌『メフィスト』を創刊する(2016年版電子版のみに)。

かつて中間小説雑誌の御三家のひとつとも称された『小説現代』(1963年創刊)の増刊号として年3回発行。

創刊にあわせて、メフィスト賞が創設された。

 

講談社”をイメージすべく、人名を掲げた主催賞を見ておこう。

野間文芸賞(1941年創設)、江戸川乱歩賞(1954年制定)、野間児童文芸賞(1963年創設)、吉川英治文学賞(1967年創設)、吉川英治文化賞(1967年創設)、亀井勝一郎賞(1969年創設-82年終了)、平林たい子文学賞(1972年創設-97年終了)、野間文芸新人賞(1979年創設)、吉川英治文学新人賞(1980年創設)、ちばてつや賞(1980年創設)、野間文芸翻訳賞(1989年創設)、大江健三郎賞(2006年創設-14年終了)、吉川英治文庫賞(2015年創設)などになる。

野間は、講談社の創設者の名になる。

こうした社風の元に、『メフィスト』もある。

 

では、メフィスト賞初期の受賞者を見てみよう。

森博嗣清涼院流水蘇部健一乾くるみ浦賀和宏積木鏡介新堂冬樹浅暮三文高田崇史中島望高里椎奈霧舎巧殊能将之古処誠二氷川透黒田研二古泉迦十石崎幸二舞城王太郎秋月涼介佐藤友哉津村巧西尾維新北山猛邦日明恩石黒耀

以上、2002年までの受賞者を挙げた。

 

メフィスト』の編集者・宇山日出臣(秀雄)は、一般の賞とは違って、「メフィスト賞は逆を行く「狭く濃く」という戦略」という考えがあったという。

 

宇山は、日本推理小説三大奇書ともされる中井英夫(短歌雑誌『短歌』(角川書店)の元・編集長)の『虚無への供物』(碧川潭名義で会員制同人誌『アドニス』初出)を文庫化(1974)。

新本格”のミステリーを掲げた島田荘司江戸川乱歩賞最終候補作となった『占星術殺人事件』(1981)で小説家デビュー)らを手がけてきた編集者になる。

 

講談社は、さらに『小説現代』の増刊号として、文芸雑誌『ファウスト』を創刊する(2003)。

編集長は、宇山に憧れ、早稲田大学卒業後、講談社へ入社した『メフィスト』の編集者だった太田克史が務めた。

創刊の背景には、笙野頼子大塚英志の文学・文芸誌論争をきっかけに2002年に始まった文学フリマがあった。コミックマーケットをモデルに、プロとアマに関わらず、自身が“文学”と考える作品を出品・販売を行なう場が作られる。東京の青山ブックセンターで開催された第1回には、佐藤友哉西尾維新太田克史が執筆し、舞城王太郎が挿絵を描いた同人誌『タンデムローターの方法論』が販売された。佐藤友哉のサイン会には行列ができ、話題となっていた。

 

ファウスト』創刊号は、舞城王太郎メフィスト賞受賞時21歳の佐藤友哉、「京都の二十歳」のキャッチコピーで小説家デビューした西尾維新ら、メフィスト賞受賞者が執筆する。

太田は、創刊時のことを、人気小説家を率いてといった華々しいものではなく、勝算もなく、佐藤などは瀬戸際だったとも述べているが、舞城と西尾は、ポートレイトの公表や詳しい経歴は明らかにされていないメンバーだった(現在も)。

 

ファウスト』創刊号の表紙には、キャッチコピー「闘うイラストーリー・ノベルスマガジン」と掲げられた。

『ジャンプノベル』のキャッチコピー「小説+漫画=未体験快感」は、まだ分離していたが、ここでは、イラストが先行したうえで造語になっている。

と同時に、我々は、『コンプティーク』の「闘うパソコンゲームマガジン」を思い出すだろう

 

掲載内容は、佐藤の「赤色のモスコミュール」には鬼頭莫宏(当時漫画『なるたる』を『月刊アフタヌーン』講談社)で連載)がイラストを。

西尾の「新本格魔法少女りすか」は西村キヌ(当時カプコンのデザイナーで『ストリートファイター』などのキャラクターデザインを手がける)のイラストが添えられたが、「イラストーリー」の通り、舞城の「ドリルホール・イン・マイ・ブレイン」では舞城自身がカラーイラストを添えた。

 

また、『ファウスト』には、ゲームクリエイター飯野賢治の小説(イラストは『週刊ヤングマガジン』講談社)で活動していた漫画家すぎむらしんいち)、清涼院流水のインタビュー、思想家の東浩紀精神科医斉藤環の評論も掲載された。

 

太田は、自身の編集について、こう述べている。

 

おたくはおたくだけで盛り上がっていて、いわゆるメイン・カルチャーはメイン・カルチャーで格式、伝統、みたいなところに安住して閉じていて。

僕は、おたくの分野にはすごい才能がいるってわかっていた。

だからその両者の架け橋役を、文三(*引用者注…講談社・文芸第三出版部)でやってみたいな、と思ったんです。

 

太田の発言はやや謙虚だが、我々は、ここで、山岸章二にとっての篠山紀信や立木義浩村松友視にとっての伊丹十三や唐十郎角川春樹にとっての片岡義男や池田満寿夫見城徹にとってのつかこうへいや松任谷由美らへの取り組みを思い出すだろう。

 

結果、太田は、誌面に、はやみねかおる(主に児童文学)、大塚英志(漫画編集・漫画原作・評論)、上遠野浩平(『ブギーポップは笑わない』で電撃ゲーム小説大賞受賞)、奈須きのこ(ゲームシナリオライター)を引っ張っている。

 

 

*原典:

私家版『文芸メディア発展史~文芸家/写真家/編集者の追いかけっこ~』(2016年9月発行)

*主な参考資料:

文学フリマ公式サイト

渡辺浩弐『ひらきこもりのすすめ2.0』(2007/講談社BOX

季刊 島田荘司 on line「島田荘司のデジカメ日記 第244回」

季刊 島田荘司 on line「島田荘司のデジカメ日記 第280回」

 

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筆者執筆参加。文芸家26名のポートレイトを収めた写真冊子『著者近影』(松蔭浩之撮影・デザイン/男木島図書館2016年4月発行)は、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(渋谷)、タコシェ(中野)、NADiff a/p/a/r/t(恵比寿)の店頭などにて、現在手にとって頂けます。

収録文芸家:
青山七恵/池井戸潤/池澤夏樹/冲方丁/大野更紗/金原ひとみ/京極夏彦/窪美澄/沢木耕太郎/篠田節子/高橋源一郎/滝口悠生/谷川俊太郎/俵万智/辻村深月/堂場瞬一/早見和真/平野啓一郎/穂村弘/三浦しをん/道尾秀介/本谷有希子/森村誠一/山田詠美/吉田修一/吉本ばなな