第1回芥川賞受賞作は無名の新人による大衆小説で純文学

<第1章 文芸家ポートレイト/文学賞事始>

 --3 人名を冠した文学賞創設―――直木三十五賞芥川龍之介賞

④―――第1回芥川賞選考委員は映画に深く関わる  新感覚派と新派

 

芥川龍之介賞の第1回目の選考委員を見てみよう。

 

菊池寛久米正雄佐佐木茂索小島政二郎の4名の他は、山本有三(戯曲・小説)、室生犀星(詩)、佐藤春夫(詩・小説)、滝井孝作(俳句・小説)、谷崎潤一郎(「痴人の愛」「春琴抄」)、横光利一(「機械」)、川端康成(「伊豆の踊り子」)になる。

佐佐木と小島とともに滝井は芥川門下とも称される間柄だったが、選考委員は、詩・俳句、耽美派(谷崎)、新感覚派(横光・川端)のメンバーだった。

 

第1回芥川賞は、石川達三・外村繁・高見順衣巻省三太宰治の作品が候補に。

審査の結果、石川達三(受賞当時30歳)の「蒼氓」が選ばれた(1935)。

同人文芸雑誌『星座』の創刊号に掲載されていたもので、石川は、早稲田大学・文学部在学中に『大阪朝日新聞』の懸賞小説に当選していたことはあったものの、選考委員は誰も知らなかった無名の新人だった。

 

「蒼氓」は、日本人のブラジル移民の開始(1905年より)が題材となり、石川自身のブラジル渡航体験に基づいていた。

貧困から脱出しようと神戸港からブラジルへ渡ろうとする当時の農民の葛藤が描かれた。

 

菊池寛は、石川の受賞について、「この頃の新進作家の題材が、結局自分自身の生活から得たような千篇一律なものであるのに反し、一団の無知な移住民を描いてしかもそこに時代の影響を見せ、手法も堅実で、相当の力作であると思う」と述べている。

 

「蒼氓」は、芥川賞を受賞した2年後、日活でトーキー映画化された(監督・熊谷久虎)。

 

芥川賞の選考委員も、直木賞の選考委員と同じく映画とは関わりが深かったが、こちらは制作にまで関わっている。

谷崎は大正活映(横浜)の脚本部顧問を。

横光と川端は、直木三十五がきっかけを作り、衣笠貞之助とともに新感覚派映画連盟を結成し、自作の映画化を行っていた。

衣笠は、新派の女形の役者から映画監督へ転身した人物で、日活の創設に関わった映画監督・牧野省三の下で映画作りを学んだ。

 

新感覚派唯一の映画となった『狂つた一頁』(1926/70分)は、衣笠の独立プロダクション・衣笠映画連盟として制作された。

精神病院を舞台に、心を病んだ男の幻想を描いた。

新派の井上正夫が主演した。

サイレント映画(上映時、活弁士・徳川無声が解説)でありながら、極力説明的な言葉を排除した詩的な内容で、芸術的、非商業的な試みだった。

公開時、『キネマ旬報』(1919年創刊)の日本映画ベスト・テンの4位となった。

 

映画館は浅草に常設以降(1903)、1920年頃には全国規模にというが、映画はまだまだ新興のメディアであり、歌舞伎を中心とした演劇に対して、低い位置に置かれていた。

そのため、大正末期から昭和初頭の映画俳優は、歌舞伎界では下位だった人物や新派の者が多かった。

初期の人気作は、講談を書き起こした立川文庫を元にした忍術映画などで、連盟の芸術至上主義は、映画の地位向上を目指す動きとも重なっていた。

 

芥川賞創設の頃には、すでに連盟の活動は停止している。

横光は、トーキー映画化へ入っていた時期、「純粋小説論」(1935/『改造』掲載)を書く。

偶然性を廃し、感傷性のない純文学の衰退に対し、大衆向けの通俗小説のなかに純文学的なものの誕生を望んでいると記したが、石川達三の「蒼氓」は、まさにそのような内容だった。

 

 

*原典:

私家版『文芸メディア発展史~文芸家/写真家/編集者の追いかけっこ~』(2016年9月発行)

*主な参考資料:

『芥川賞・直木賞150回全記録』(2014/文藝春秋

菊池寛『菊池寛 話の屑籠と半自叙伝』(1988/文藝春秋

佐藤忠男『日本映画300』(1995/朝日文庫) 

児玉数夫・吉田智恵男『昭和映画世相史』(1982/社会思想社

 

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筆者執筆参加。文芸家26名のポートレイトを収めた写真冊子『著者近影』(松蔭浩之撮影・デザイン/男木島図書館2016年4月発行)は、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(渋谷)、タコシェ(中野)、NADiff a/p/a/r/t(恵比寿)の店頭などにて、現在手にとって頂けます。

収録文芸家:
青山七恵/池井戸潤/池澤夏樹/冲方丁/大野更紗/金原ひとみ/京極夏彦/窪美澄/沢木耕太郎/篠田節子/高橋源一郎/滝口悠生/谷川俊太郎/俵万智/辻村深月/堂場瞬一/早見和真/平野啓一郎/穂村弘/三浦しをん/道尾秀介/本谷有希子/森村誠一/山田詠美/吉田修一/吉本ばなな