新潮社に続いた文藝春秋の文芸家のポートレイト

<第2章 顔をさらすから身をさらすへ>

---1  文芸家ポートレイトが文芸雑誌の連載企画に

②―文藝春秋社の戦後復興「現代日本の百人」と田村茂  ~写真家か? 写真屋か?~

 

『小説新潮』で“文士シリーズ”が始まった翌年、総合雑誌『文藝春秋』(1945年復刊)で、「現代日本の百人」と題したグラビア連載企画が始まる(1949)。

文藝春秋』のグラビアページの始まりでもあった。

写真家・田村茂が手がけた。

 

田村は、地元・北海道の写真館で写真を学び、東京へ。

オリエンタル写真学校に学んだのち、銀座で広告写真のプロとしてのキャリアをスタートさせた。

 

田村は、桑沢デザイン研究所を戦後開くことになる、当時・編集者だった桑沢洋子(のちに夫婦となるも離婚)との出会いによって、建築写真、婦人雑誌『婦人画報』のファッション写真を主に手がけていく。

 

戦前、写真家であり、編集者の名取洋之助との関わり合いを持った田村は、自身の仕事に対する考えを、名取から学んだという。

 

ぼくが『婦人画報』の仕事を大切にした理由は、写真雑誌ではない商業雑誌だったからなんだ。

(引用者中略)写真というのは大勢の人に見てもらうためのものだと思う。

狭い範囲の写真家に見せるんじゃなくて、多くの生活している人に、人間の生活を見せるのが写真だからね、それには、やはり、印刷化しなければしょうがない。

印刷化ということが大切だということは、(引用者中略)名取洋之助さんなんかの関係でも、知っていた。

 

田村も当時の写真家と同じように戦時中、国策写真を戦地で撮影したのち、戦後、広告写真の世界へ復帰する。

「現代日本の百人」の企画は、『文藝春秋』の編集長・池島信平(3代目・文藝春秋社長)の発案で始まり、人選は編集部が行った。

その方針の元、田村は、高村光太郎志賀直哉谷崎潤一郎大佛次郎川端康成らの自宅を訪れて撮影を行っている。

 

撮影における考えを田村はこう述べている。

 

結局、自分の眼、自分の理解の範囲のなかでしか、対象はとらえられないということなんだ。

その人の全人生なんてとうていわからないわけだから。

からしんどい勉強の連続となるし、非常に奥深いと思うんだ。

人物写真にかぎらずカメラの背後の眼が重要だと思う。

なぜなら、対象をいかに見つめるかってことだからね。

 

「カメラの背後の眼」とは、当然田村自身のことになる。

編集部主導とはいえ、田村がこの仕事に取り組むきっかけは、写真家・土門拳にあったと述べている。

 

同い年の二人は、戦前、仕事を助け合う関係だった。

その土門は、戦前から、自分の好きな人物のポートレイトを撮り始めており、田村はそれを大きく意識していたという。

 

こうした考えのもとで撮影された写真は、『現代日本の百人』として文藝春秋新社(*当時)から出版された(1953)。

さらに出版にあわせて、東京の日本橋三越で、個展を開催する。

このとき、被写体となった人物が雑誌掲載時に書いた生原稿を一緒に展示した。

田村によれば、恐らく日本で初めて試みだったという。

 

『現代日本の百人』が出版された同じ年、土門は、それまで撮りためたポートレイトをまとめた『風貌』(アルス)を発表する(1953)。

この偶然に、写真家仲間たちによって、田村と土門の合同出版記念会が開かれた。

雑誌に写真を発表する、私家版程度に自身の写真をまとめる程度が当たり前だった当時、一定のボリュームのある個人写真集が出版社から発売されることは特別な時代だった。

 

じつは、田村の写真集が刊行され、写真展が開催されたのと同じ年、文藝春秋新社の社内に写真部が作られている(1953)。

直木三十五賞芥川龍之介賞の選考委員も務めた佐佐木茂索(2代目・文藝春秋社長)の提案だった。

文藝春秋で本格的に写真撮影が行われるようになったのはこのときになる。

 

その際入社してきたのが、名取洋之助木村伊兵衛の元で学んだ経験を持つ、樋口進だった。

佐佐木は、樋口にこういったという。

 

写真家になるな、写真屋になれ

 

このブロックの最後に、田村茂らしいエピソードを付け加えておこう。

「現代日本の百人」の連載時、宮本百合子共産党幹部)を撮影したものの書籍化の際には、公職追放を理由に編集部の判断で弾かれた。

共産党員であった田村は写真集の出版をやめようかと考えたという。

また、最晩年の太宰治の写真を撮影しており、現在よく知られる頬に手をあてた写真を、「現代日本の百人」にと提案したものの、心中未遂と薬物中毒を理由に編集部の判断で弾かれている。

 

 

*原典:

私家版『文芸メディア発展史~文芸家/写真家/編集者の追いかけっこ~』(2016年9月発行)

*主な参考資料:

田村茂『田村茂の写真人生』(1986/新日本出版社

樋口進『輝ける文士たち 文藝春秋写真館』(2007/文藝春秋

こちら特報部 没後60年 太宰治『ほおづえ』秘話(2008年6月13日/東京新聞

 

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筆者執筆参加。文芸家26名のポートレイトを収めた写真冊子『著者近影』(松蔭浩之撮影・デザイン/男木島図書館2016年4月発行)は、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(渋谷)、タコシェ(中野)、NADiff a/p/a/r/t(恵比寿)の店頭などにて、現在手にとって頂けます。

収録文芸家:
青山七恵/池井戸潤/池澤夏樹/冲方丁/大野更紗/金原ひとみ/京極夏彦/窪美澄/沢木耕太郎/篠田節子/高橋源一郎/滝口悠生/谷川俊太郎/俵万智/辻村深月/堂場瞬一/早見和真/平野啓一郎/穂村弘/三浦しをん/道尾秀介/本谷有希子/森村誠一/山田詠美/吉田修一/吉本ばなな